静岡地方裁判所 平成8年(行ウ)11号 判決 2000年12月22日
原告 檜林耕作 ほか115名
被告 運輸大臣
代理人 石井忠雄 長屋文裕 藏重有紀 中村雅人 原克好 小林孝雄 白井ときわ 岩井明広 磯部昭次 大畑惣吾 ほか4名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が静岡県知事の平成七年一二月一九日付静岡空港設置許可申請(空整第六〇号)に対して航空法(昭和二七年法律第二三一号)三八条一項の規定に基づき平成八年七月二六日空管第八二号をもってした許可処分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、静岡県知事による静岡空港の設置許可申請に対し、被告が航空法三八条一項に基づいて行った設置許可処分について、予定される飛行場の敷地内及び右敷地周辺の土地所有者並びに右敷地内外に生育する立木を買い受けた立木所有者らが原告となり、右設置許可処分は、空港建設反対を唱えて用地提供等を強固に拒否する土地所有者や立木所有者らが空港敷地内外に多数存在し、空港建設に必要な敷地の取得割合が被告による従前の空港設置許可事例に比べて低く、限りなく一〇〇パーセントに近い同意が必要であるとした被告の方針に反するにもかかわらず、その敷地について所有権等の確実取得の見込みがなくなされたもので同法三九条一項五号の要件を満たしておらず、右設置許可処分により、原告らの土地所有権・立木所有権が侵害されるほか、原告らのうち茶園等を経営する者は大きな経済的打撃を受けるなど、多くの原告らの生活環境に深刻な被害が及び、オオタカをはじめとする貴重な動植物が多数生存する空港敷地周辺の豊かな自然環境が破壊されて原告らが享受する自然権・環境権が侵害されるなど他人の利益を著しく害するものであって同項二号の要件も満たしていない等、航空法の定める設置許可要件を具備せずになされたもので違法であるとしてその取消しを求めた事案である。
二 前提となる事実(証拠による認定の場合は、該当証拠を括弧内に掲記する。)
1 静岡空港の設置許可申請に至る経緯等
(一) 静岡県は、経済活動の活発化、交流の拡大等に伴い、航空需要がますます増大し本格的な空の時代を迎えると考え、県全体が空港空白地域となっている現状を踏まえて、着々と進む全国の空港ネットワーク整備の枠外に放置されることは、静岡県の将来の振興発展の大きな阻害要因になるとの危機意識から、空港の早期開設が人口三七〇万人を有する静岡県の発展にとって不可欠であるとの認識をもつに至った。そこで、二一世紀へ向けての新しい静岡県づくりを進めるにあたっての今後一〇年間の指針として、静岡県が昭和六二年一月二九日に計画決定した「静岡県新総合計画」(<証拠略>)の中で、総合的な交通・情報ネットワークの形成を目指す基本計画の一環として、空港整備構想の早期推進を掲げた。
(二) 昭和六二年四月、静岡県は、空港建設の基本的な方向付けと行政上の課題を検討するために、県庁内に副知事を委員長とする空港建設推進会議を設置し、同年五月には、空港建設に関する専門的・技術的な検討を進めるために、航空専門家等の学識者・有識者一五名からなる静岡県空港建設検討専門委員会を設置した。右専門委員会による空港建設予定地の選定作業を経て、同年一二月一六日、静岡県知事は空港建設予定地を榛原(島田)地区に決定した。右決定を受けて、昭和六三年四月には、県企画調整部に空港対策室が設置され、同年一〇月には、空港基本計画策定に必要な気象観測調査、測量調査及び地質調査等の現地調査が開始された。
(三) 静岡県は、平成元年一二月一五日、昭和六三年度から実施してきた諸調査の結果を踏まえ、静岡空港(以下「本件空港」という。)の位置、規模、建設に要する概算工事費等空港の概ねの全体像を示した「静岡空港基本計画案」(<証拠略>)を策定し、公表した。
このころ、官民一体となった全県的な静岡空港建設促進団体として「静岡空港建設促進協議会」が組織される一方、島田市、榛原町及び金谷町において、空港予定地の地権者らで組織する地権者会や地元住民代表等による空港対策協議会が設立されるなど、空港建設に向けた地元の協力体制が整い始めた。(<証拠略>)
また、静岡県は、平成二年五月には、平成三年度から始まる国の第六次空港整備五箇年計画の中に本件空港が採択されることを目指して、運輸省第六次空港整備五箇年計画ヒアリングにおいて右基本計画案の説明を実施した。
(四) 静岡県の空港計画の推進を踏まえて、本件空港は、平成三年一一月二九日に閣議決定された第六次空港整備五箇年計画の運輸省資料の中に「予定事業」として位置づけられた。第六次空港整備五箇年計画は、平成三年度から平成七年度までの五か年にわたる国の空港整備の基本計画であり、その中で「予定事業」とは、地域振興等の観点から一定の必要性が認められるものの、空港計画の熟度(位置、空域等)、航空需要の確保の見通し、周辺開発の進展状況、投資効率等に関する課題について、なお調査検討が求められる事業と位置づけられるものである。そして、事業主体における調査検討が進み課題解決の見通しが立った段階で、右予定事業は「新規事業」に組み入れられ、更にその中から、着工のための地元条件等が整ったものから毎年度の予算の範囲内で順次採択されることとなる。
(五) 更に、静岡県は、前記「静岡県新総合計画」を推進するために、平成三年度から平成七年度までの五年間の県づくりの指針として平成四年一月二八日に計画決定した「静岡県新総合計画中期発展プラン」(<証拠略>)において、「二一世紀へのみちを拓くプロジェクト21」の重要構想として、本件空港の整備推進を掲げた。
(六) 平成四年五月、本件空港の開設に伴う既存飛行場との空域に関する課題を解決するために、防衛庁、運輸省及び静岡県の三者による協議が開始され、平成五年六月二一日、右三者間で、本件空港予定地の東側に設置されている航空自衛隊静浜飛行場の場周経路を同飛行場の滑走路北側に移設すること等についての合意が成立し(<証拠略>)、これにより本件空港の滞空旋回圏と右静浜飛行場の滞空旋回圏との空域調整が図られた(<証拠略>)。
(七) 平成五年八月二五日、本件空港は、第六次空港整備五箇年計画の「予定事業」から「新規事業」に組み入れられ、運輸省は平成六年度予算の概算要求において本件空港の実施設計調査に要する経費として五〇〇〇万円を要求し、平成六年二月一五日、平成六年度政府予算案として同額が計上された。
(八) 本件空港に対する政府予算措置が講じられたことを受けて、平成六年四月には、静岡県知事が榛原町を訪問して地元代表者(首長、議長、地権者、地区代表者)等と知事懇談会を開催した。
また、静岡県は、本件空港設置事業が二五〇〇メートルの滑走路を有する飛行場の新設事業であり、昭和五九年八月二八日付け閣議決定「環境影響評価の実施について」(<証拠略>)により決定された「環境影響評価実施要綱」による「対象事業」に該当することから(「環境影響評価実施要綱」第1の1、「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価実施要領(昭和六〇年運環第二五号運輸大臣通達)」(<証拠略>)(以下「運輸省実施要領」という。)第2の表中の<2>)、運輸省実施要領及び「静岡県環境影響評価要綱」(平成四年静岡県告示第六三四号)に基づいて、環境影響評価を実施し、平成六年七月には静岡空港整備事業に係る環境影響評価準備書(<証拠略>)を作成して(運輸省実施要領第3の1)、右環境影響評価準備書の地元住民等に対する公告・縦覧及び説明会の開催を経た上で、環境影響評価書を作成し(運輸省実施要領第3の4)、平成七年一月三一日に右環境影響評価書を公告し縦覧に供した上で、被告に送付した(運輸省実施要領第4の1)。
更に、静岡県は、平成七年二月に、長さ二五〇〇メートル幅六〇メートル(着陸帯等級B級)の滑走路を持つ公共用飛行場(第三種空港)の新設を骨子とする「静岡空港整備基本計画」(<証拠略>)を公表し、また、地権者会の了解を得たことを受けて、同年四月一八日、地権者からの用地提供に関する同意書取得作業を開始するなど、本件空港の設置許可申請に向けて所要の準備を進めた。
(九) 空港建設反対団体によって本件空港敷地等を共有する運動は遅くとも平成七年九月ころには始まっていたが(<証拠略>)、同年一一月一一日、原告松本かな子(原告番号三番)及び原告松本吉彦(原告番号四番)は、「空港に反対する榛原オオタカの森トラストの会」(代表者・原告吉添輝雄(原告番号二番))(以下「オオタカトラストの会」という。)の運動の趣旨に賛同し立木トラストに参加した上で、オオタカトラストの会に対し各所有する別紙第一土地目録<略>四、八記載の各土地上にある立木を売買する旨の売買契約を締結した(<証拠略>)。
2 本件空港の設置許可申請及び被告による空港設置許可処分等
(一) 本件空港は第三種空港(空港整備法(昭和三一年法律第八〇号)二条一項三号)として設置予定であったことから、本件空港を設置、管理する地方公共団体を静岡県とすることについて、関係地方公共団体である静岡県、島田市、榛原町、金谷町、吉田町及び菊川町の各議会が、平成七年一〇月一三日から同年一一月六日の間に議決し、同月一〇日に右六団体の間で協議が成立した(同法五条一項、二項)(<証拠略>)。
(二) 同年一二月一九日、静岡県知事は、被告に対し、航空法三八条一項に基づき本件空港の設置許可申請(空整第六〇号)をした(以下「本件申請」という。)(<証拠略>)。
翌日には、国の平成八年度政府予算が内示され、本件空港に対して運輸省要求どおりの二六億五〇〇〇万円が認められた。
(三) 被告は、静岡県知事からの本件申請を受けて、平成八年二月二一日、航空法三八条三項の規定に基づき、本件空港について、その位置、範囲などを告示し(運輸省告示第八八号)(<証拠略>)、関係地方公共団体を通して当該告示を現地において掲示した上、同年三月二七日、航空法三九条二項の規定に基づいて、本件空港の設置に関し静岡県島田市において公聴会を開催した。
公聴会の終了を受けて、同年五月一三日、静岡県は、島田市内において、地権者会長や空港対策協議会長らと静岡県知事とによる「静岡空港知事懇談会」を開催する一方、運輸省に早期設置許可を要請した(<証拠略>)。
原告島野房巳(原告番号四三番)ほか五六名の原告らは、同年七月九日から同月一八日までに、被告に対し、『静岡空港建設用地の不提供に関する通知』と題する内容証明郵便を発し、右通知合計五七通は同月一〇日から同月一九日までの間に被告に到達した(<証拠略>)。
同年七月二二日、静岡県知事は、残された未同意地権者からの同意取得は可能であり県の責任において最終的には全ての用地を取得する旨を記載した確約書を、運輸省航空局長宛てに提出した(<証拠略>)。
(四) 被告は、平成八年七月二六日、航空法三九条一項の審査を経て本件空港の設置を許可する旨の処分(空管第八二号)をした(以下「本件許可処分」という。)。
(五) 本件空港の位置及び範囲、着陸帯、進入区域、進入表面、転移表面、水平表面並びに供用開始の予定期日は、航空法四〇条に基づき、平成八年七月三〇日付けの官報によって左記のとおり告示された(運輸省告示第四三二号)(<証拠略>)。(以下「本件告示」という。)。
記
(1) 飛行場の名称及び位置 静岡空港 静岡県榛原郡榛原町(標点の位置北緯三四度四七分三四秒 東経一三八度一一分三三秒 標高一三二・〇メートル)
(2) 飛行場の範囲 別紙第一図のうち、一点鎖線で囲まれた部分
(3) 着陸帯
イ 等級 B級
ロ 範囲 別紙第一図及び別紙第二図のうち、イ、ロ、ハ、ニ及びイの各点を順次に結んだ線で囲まれた区域(長さ二六二〇メートル、幅三〇〇メートル)
(4) 進入区域 別紙第二図のうち、イ、ロ、ヘ、ホ及びイ並びにハ、ニ、チ、ト及びハの各点をそれぞれ順次に結んだ線で囲まれた台形の区域
(5) 進入表面 別紙第二図のうち、着陸帯の短辺(イロ及びハニ)に接続し、かつ、水平面に対し上方へ五〇分の一のこう配を有する平面であって、その投影面が進入区域と一致するもの
(6) 水平表面 別紙第二図のうち、飛行場の標点の垂直上方四五メートルの点を含む水平面のうち、この点を中心として半径三五〇〇メートルで描いた円周(レの線)で囲まれた部分
(7) 転移表面 別紙第二図のうち、進入表面の斜辺(イ、ホ及びニ、チ並びにロ、ヘ及びハ、ト)を含む平面及び着陸帯の長辺(イニ及びロハ)を含む平面であって、着陸帯の中心線を含む鉛直面に直角な鉛直面との交線の水平面に対するこう配が進入表面又は着陸帯の外側上方へ七分の一であるもののうち、進入表面の斜辺を含むものと当該斜辺に接する着陸帯の長辺を含むものとの交線(イヨ及びニカ並びにロヌ及びハル)、これらの平面と水平表面を含む平面との交線(タヨ、ヨカ及びカワ並びにリヌ、ヌル及びルヲ)及び進入表面の斜辺(イタ及びニワ並びにロリ及びハヲ)又は着陸帯の長辺(イニ及びロハ)により囲まれる部分
(8) 供用開始の予定期日 平成一五年一一月一日
(9) 飛行場の範囲を示す詳細図を榛原町役場及び島田市役所において縦覧に供する。
3 本件許可処分以後の動き
(一) 被告は、平成八年八月一二日付けで空港整備法施行令の改正を行い、本件空港を第三種空港に指定した(空港整備法二条一項三号、空港整備法施行令一条三項、別表第三)。
(二) 平成八年一一月九日、静岡県と一市二町(島田市、榛原町及び金谷町)地権者会が、「静岡空港整備事業に伴う損失補償に関する協定書」に調印し、静岡県による空港用地取得交渉が開始された(<証拠略>)。
静岡県は、平成九年一二月に空港本体準備工事として場外搬入用道路工事に着手し、平成一〇年一〇月には空港本体盛土工事に着手した。
なお、静岡県は、平成一〇年二月、本件空港の開港時期を当初予定の平成一五年から平成一八年春に延期することを決定した。
4 原告らの地位
(一) 別紙当事者目録<略>中の原告番号一番ないし六二番の原告らは、単独で、又は共同して土地を所有する者である。
このうち、原告番号一番の原告は別紙第一土地目録(<証拠略>)一、二、二三ないし二六記載の各土地の、同番号二番の原告は同目録三、七、一一ないし二〇記載の各土地の、同番号三番の原告は同目録四、三一ないし三三、三五記載の各土地の、同番号四番の原告は同目録五、八、二九、三〇、三四記載の各土地の、同番号五番の原告は同目録六記載の土地の、同番号六番の原告は同目録九、二一、二二記載の各土地の、同番号七番の原告は同目録一〇、二七記載の各土地の、同番号三五番の原告は同目録三六ないし四六記載の各土地のそれぞれ所有者である。なお、同番号七番の原告は同目録二八記載の土地の共同相続人でもある。
また、別紙当事者目録中の原告番号二番と八番から一七番までの原告らは別紙第二土地目録一記載の土地の、同番号二番と一八番から二六番までの原告らは同目録二記載の土地の、同番号四番と二七番から三五番までの原告らは同目録三記載の土地の、同番号一番と三六番から四六番までの原告らは同目録四記載の土地の、同番号四番と四七番から六二番までの原告らは同目録五記載の土地のそれぞれ共有者である(<証拠略>)。
(二) 別紙当事者目録の原告番号六三番ないし一〇五番の原告らは、前記オオタカトラストの会が、原告松本かな子(原告番号三番)から買い取った同人所有の別紙第一土地目録四記載の土地の地上に生える立木を、右オオタカトラストの会から買い受けてその所有者となった者である。
(三) 別紙原告目録の原告番号一〇六番ないし一一六番の原告らは、右オオタカトラストの会が、原告松本吉彦(原告番号四番)から買い取った同人所有の別紙第一土地目録八記載の土地の地上に生える立木を、右オオタカトラストの会から買い受けてその所有者となった者である。
5 本件飛行場の敷地
(一) 「飛行場の敷地」(航空法三九条一項五号、航空法施行規則七六条二項二号の二)とは、飛行場設置許可申請書添付の実測図で示された「飛行場の敷地の境界線」(航空法施行規則七七条一号ロ)によって画された範囲内の土地をいう(<証拠略>)。右土地は、滑走路、着陸帯及び誘導路(航空法施行規則七九条一項三号参照)などといった飛行場標識施設や航空保安施設の設置部分に限定されず、これらの施設の設置部分を平らに保つために必要な法面部分も含むものである(空港整備法九条三項、八条四項二号、空港整備法施行令三条参照)。また、右土地の範囲は本件告示における「飛行場の範囲」に一致するものである(別紙第一図参照)(以下、本件空港の「飛行場の敷地」を「空港敷地」という。)。
なお、本件空港の空港敷地予定面積は、一八九万三三六〇・六九平方メートルであり、その内訳は、国有地四万六三六六・五五平方メートル(空港敷地全体に占める割合二・四五パーセント)、県有地一万七九八五・七一平方メートル(同〇・九五パーセント)、市町有地五二万三四四一・〇五平方メートル(同二七・六五パーセント)、民有地(民地)一三〇万五五六七・三八平方メートル(同六八・九六パーセント)である(<証拠略>)。
また、本件空港の制限表面、転移表面及び水平表面(航空法二条七項、八項、九項)(以下、これら表面を一括して「制限表面」という。)の範囲は、別紙第二図記載のとおりである。
(二) 別紙第一土地目録記載の各土地のうち、同目録一、二、二五、二六、三三ないし四六記載の各土地は、空港敷地の範囲外にあるが、制限表面の投影面(以下「制限区域」という。)内に存在している。
同目録四記載の土地は、その一部が空港敷地の範囲内に存在し、空港敷地の範囲外に存在する部分は全て制限区域内にある(<証拠略>)。
同目録二三記載の土地は、制限区域内に存在し、かつその一部は空港敷地の範囲内にもある。
同目録記載の右以外の各土地は、いずれも全て空港敷地の範囲内にある。
(三) 別紙第二土地目録記載の各土地は、いずれも全て空港敷地の範囲内にある。
三 争点
1 原告らに本件訴えにおける原告適格があるか(争点1)。
2 本件申請が航空法三九条一項五号の要件を満たすとして本件許可処分をした被告の判断は適法か(争点2)。
3 本件申請が航空法三九条一項一号の要件を満たすとして本件許可処分をした被告の判断は適法か(争点3)。
4 本件申請が航空法三九条一項二号の要件を満たすとして本件許可処分をした被告の判断は適法か(争点4)。
四 当事者の主張
1 争点1について
(原告ら)
(一) 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」の解釈については、新潟空港訴訟事件判決(最高裁昭和五七年行ツ第四六号平成元年二月一七日第二小法廷判決・民集四三巻二号五六頁)から明らかであり、その後の新東京国際空港工事実施計画認可処分等取消請求事件(東京地裁昭和四二年行ウ第六一号平成六年一月二七日判決・行裁集四五巻一・二号一頁)、松本空港施設変更許可処分取消請求事件(東京地裁平成三年行ウ第二〇一号同八年五月一四日判決<証拠略>)にも原告適格を拡大しようとしている考え方が現れている。本訴の原告適格についても、これらの裁判例と同様に考えていくべきである。
(二) 土地所有者について(原告番号一番ないし六二番)
本件空港敷地の範囲内の土地を所有する者は、本件許可処分によってその土地が本件空港の敷地となることが確定することにより、これを任意に県に売り渡すか、土地収用法による収用又は使用の手続をとられるかのいずれかを選択せざるを得ない立場になる。そのような選択を余儀なくされることが確実になった者は、本件許可処分により自己の土地所有権を侵害されているのであり、本件許可処分を争う原告適格が肯定されるべきである。
また、本件許可処分によって定まる本件空港の制限表面の投影面内にある土地について権利を有する者は、本件許可処分の効力により、そのそれぞれの表面の上に出る高さの建造物、植物その他の物件を設置し、植栽し、又は留置してはならない義務を負わせられる(航空法四九条一項)。こうした制限表面による私権制限を受けることになる土地についての権利者は、本件許可処分により自己の権利を侵害される者であるから、本件許可処分を争う原告適格が肯定されるべきである。
以上から、空港敷地内又は制限表面の投影面内の土地を所有する原告ら(原告番号一番ないし六二番)は、その所有形態が単独所有か共有かを問わず、本件訴訟の原告適格を有する。
(三) 立木所有者について(原告番号六三番ないし一一六番)
立木に関する法律の適用を受けない樹木の集団、一本の立木については、原則としてその生立する土地の一部ではあるが、特に地盤から独立した別個の物として取引し明認方法を施せば独立の所有権の客体となる。
原告番号六三番ないし一一六番の原告らが買い受けた立木は、その一本一本について番号が付され、札がかけられて特定されている。
立木が空港敷地の範囲内の土地に存在する場合には、本件許可処分により右立木の存在する土地そのものが空港敷地となる結果、そこに生育する立木の撤去は免れず、立木所有権は甚大な被害を受けることになる。したがって、こうした立木所有権には本件訴訟の原告適格が認められる。原告番号一〇六番ないし一一六番の原告らは、その所有する立木が空港敷地の範囲内に存在するので、原告適格が認められる。
また、立木の存在する場所が多少空港敷地の範囲内からはずれたとしても、本件空港は、丘陵地域に建設される空港であり凸部分を削り凹部分を埋める大規模な土木工事が必要であって、場所的に見ても右の立木所在地が空港建設にあたり切土ないし盛土を予定する部分に存在することは疑いないので、空港敷地の範囲内に立木を所有する場合と同様、本件許可処分により立木所有権は甚大な被害を受けることに変わりなく、かかる立木所有者にも、本件訴訟の原告適格は肯定できる。原告番号六三番ないし一〇五番の原告らは、その所有する立木の一部については空港敷地からはずれている可能性もあるが、それらのほとんどが空港敷地内にあり、本件空港建設にあたり切土ないし盛土を予定する部分に存在するので、原告適格が認められる。
(四) 自然権・環境権(原告ら全員)
原告らの所有する土地及びその地上と地下に存在する動植物・微生物等の多様な生態系とそれによって育まれもたらされる良好な自然環境を享受する権利又は法的利益もまた、法的保護に値する権利利益であり、これを原告らは享受している。この権利は、憲法一三条、二五条から導かれ、環境基本法(平成五年法律第九一号)上認められた権利である(同法三条、六条、七条参照)。
加えて、わが国は、「生物の多様性に関する条約」(平成五年条約第九号)を締結し、平成五年一二月二九日にその効力が生じ、日本国政府はこの条約を守る義務を負うことになった。右条約上、「生物の多様性」とは、すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む(同条約第二条参照)。さらに、生物の多様性の保全のための基本的な要件は、「生態系及び自然の生息地の生息域内保全並びに存続可能な種の個体群の自然の生育環境における維持および回復」である(同条約前文参照)。生物の多様性を確保するため、右条約は締約国に一般的な措置(第六条)、特定及び監視(第七条)、生息域内保全(第八条)等の義務を定めている。
また、平成五年四月一日施行された「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(平成四年法律第七五号)は、「野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであることにかんがみ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図ることにより良好な自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的」とし(同法一条)、国に対し絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存のための総合的な施策の策定・実施の責務を(同法二条一項)、また地方公共団体に対しても同様の責務を(同条二項)規定している。
右条約や法律は、良好な環境を享受することを一般的な公益として定めたものに留まらず、当該環境に居住する住民の個別的具体的な利益として保護する趣旨をも含むものである。
本件空港の敷地と制限区域内の土地を中心として、多様な生態系とそれによってもたらされる良好な自然環境が存在しており、本件許可処分は、原告らが享受するこうした法的利益を著しく侵害するものであり、この点からも、原告ら全員について、原告適格が認められる。
(被告)
争う。
2 争点2について
(原告ら)
(一) 敷地取得の不確実性について
(1) 飛行場設置許可要件の一つを定める航空法(以下単に「法」ということもある。)三九条一項五号は、「飛行場にあっては、申請者が、その敷地について所有権その他の使用の権原を有するか、又はこれを確実に取得することができると認められること」としているところ、右要件(以下「五号要件」という。)は、空港敷地を任意買収交渉で確実に取得できることを意味する。
このことは、静岡県が、本件申請に先立ち、この許可申請には空港敷地部分の地権者の限りなく一〇〇パーセントに近い同意が必要であると繰り返し表明していたこと、静岡県による右表明が飛行場設置許可権限を持つ運輸省の意向と無関係になされるはずがないこと、実際にも、原告島野房巳(原告番号四三番)が平成六年一〇月二四日に運輸省航空局飛行場部計画課の坂井利充課長と面談した際の「限りなく一〇〇パーセントに近い同意」についてのやり取りの中で事実上一〇〇パーセントの同意が要求されることが判明したこと等から明らかである。
そして、原告島野房巳(原告番号四三番)ほか五六名の原告らが、被告に対し、『静岡空港建設予定地の不提供に関する通知』を郵送して、その所有する土地であって静岡県が飛行場敷地予定地とした土地を提供する意思のないことを通告したが(前記二の2(三)参照)、その意思の強固であることは明白であり、これら地権者の土地を静岡県が任意に取得することは不可能であることは被告にも明らかであった。
しかるに、被告は、それまで静岡県と同様に事実上一〇〇パーセントの地権者の同意を必要とすると解釈していたにもかかわらず、地元住民等の理解を完全には得られないままいわば見切り発車的になされた静岡県知事からの本件申請に対し、将来においても静岡県に土地を絶対に譲渡せず、また、その他一切の使用権原を認めないとの多数の土地所有者の強硬かつ明白な意思表示を無視して、同意は地権者数比、面積比とも九五パーセント以上であり、本件申請にあたって静岡県知事が不同意地権者からの同意を得るべく責任をもって用地取得に当たる旨を確約する等と記載した確約書を提出したことや、仮に任意買収ができなくても土地収用法に基づく土地取得が可能であるなどとして敷地の確実取得の見込みがあると認め本件許可処分を行った。これは、五号要件の解釈適用を誤り恣意的な判断によって認定したものであり、裁量権の逸脱濫用として違法である。
(2) すなわち、本件許可処分にあたり、被告は面積比における同意率について九五パーセント以上という数値を算出しているが、本件許可処分との関係で同意率を問題にする場合には、国や県等の公有地等が取得可能であることは当然であるからこれらを除外して考えるべきであり、その困難性が一般的にあり得る民有地に限定した場合の面積比同意率では約八〇パーセントに低下すること、また、被告が示した地権者数比における同意率九五パーセント以上という数値は、強固な反対意思を表明する共有地権者二二名を除外して算出された数字であること、更に、強固な反対意思を表明している原告地権者らの所有地は、その取得なき限り本件空港開設が一〇〇パーセント不可能な空港予定地の真中に存在すること、空港建設反対の意思をもって千数百名が空港本体部の立木トラストに参加しており、トラスト部分の土地はその取得なき限り本件空港の完成はあり得ない重要な位置にあること等の事実が認められるところ、被告が五号要件の充足を認定するに当たっては、諸般の事情を総合的に考慮して判断する際に、これらの諸事実をも考慮されるべきであるにもかかわらず、これらの否定的事情は一切無視されているのであるから、被告は五号要件の充足を恣意的判断によって認定したものといわざるを得ず、裁量権の範囲を著しく逸脱しており、違法である。
静岡県知事が提出した前記確約書の意味について、被告は諸般の事情を総合して判断する際の一要素であるとしているが、単なる「決意表明書」に過ぎないのであるから、右考慮の一要素としての意味はなく、五号要件の存否の認定に当たって何の意味も有していない。
また、本件許可処分時における被告の敷地取得確実性の見通しが甘く、それに基づいた五号要件の判断が違法であることは、本件許可処分後の実際の用地取得の進展状況が、平成一二年三月一五日現在で事業用地全体につき八二・三パーセント、空港敷地部分につき九四・五パーセントに留まり大幅な遅れがみられることや、右用地提供不同意者の中には、原告らのように用地提供反対の意思を明確に表明している者のほかに、表立って反対運動はしないものの、山林の買収価格が極めて低いことを理由に買収に応じないグループが存在するほか、買収に当たり既存の優良茶園を代替地として要求する茶園所有地権者等の隠れた反対地権者らが存在し、今後の買収交渉に大きな困難が予想されるという事後的事情からも明らかである。
(3) 加えて、被告の関わった他の行政実例との比較でみても、本件空港の許可処分の異例さが顕著である。
まず、本件空港と類似する問題点を孕んでいた過去の第三種空港に関する行政実例として、山形県庄内空港の設置許可があげられるが、昭和六二年三月、山形県は共有者を含む八六名の未同意者を残して設置許可申請をしたものの、同年六月にはこれらの者と暫定調印(和解)にこぎつけ、その二か月後に被告の設置許可処分がなされたのであり(平成三年一〇月開港)、同空港の場合、当初の反対運動の規模は本件空港のそれよりも大きかったにもかかわらず、被告の設置許可処分は、反対地権者らとの和解成立後になされているのである(<証拠略>)。
また、最近の事例として、第一種空港(空港整備法二条一項一号)になる中部国際空港については、被告は、平成一一年八月に設置許可申請を受理したものの、平成一二年四月、愛知県及び三重県の関係漁業協同組合との合意成立を待ってから設置許可処分を行っている。
これらの行政実例との比較からも、本件許可処分が五号要件の充足につき恣意的判断によってなされていることは明らかであり、裁量権の濫用として違法である。
(4) なお、空港建設は大規模公共事業であり、周辺住民にとって準備工事から完成工事まで大変迷惑であり、完成した後においても空港施設は大変な迷惑施設となる。また、机上の計画段階から完成・運用されるまでには長期間を要し、この間に経済的、社会的、政治的な情勢の変化・価値観の変化が生ずる。しかも、公共事業である以上その完成までの費用及び完成後の維持費用の総ては県民、国民の税金により賄われる。
国の経済が右上がりで推移した時期に計画された公共事業がその後見直されたり、中止されたり、また中途で多大の疑義が投げかけられたり、完成後もその存在意義を問われたりした事例には事欠かない。このような場合、事業に投入されたそれまでの資金は税金の無駄使いとなってしまう。
法三九条一項五号は飛行場設置のもつそうした大規模公共事業としての特質を踏まえて規定されているのである。
そうすると、バブル期以前に計画された本件空港について、本件申請をした静岡県知事はもとより、この申請を許可した被告においても、右大規模公共事業の特質を十分考慮しておらず、本件許可処分は、開発や環境保全に対する国民の価値観の変化や公共事業のあり方に対する県民、国民の厳しい批判に配慮しないまま、用地取得の確実な見込みもないのになされたものであり、法三九条一項五号に違反する。
(5) また、本件告示時において既に制限表面の上に出る範囲の土地部分(以下「本件土地部分」という。)については、それが仮に空港敷地に属さないとしても、空港敷地と一体的に考えてその取得ないし除去を実現しなけれは空港建設を終局的に遂行することはできないのであり、その取得ないし除去は、五号要件充足の重要な考慮事情に含まれるところ、空港敷地の西北西方向の制限表面下に、自然の地形を大規模に切土してほぼ水平にしなければならない土地(障害切土部分)約八二ヘクタール(<証拠略>)が拡がっており、この切土が完了しない限り、たとえ滑走路が完成しても航空機は一切離発着できないが、右部分についても、強固な反対意思を有する地権者である原告大井寿生(原告番号三五番)所有の土地(別紙第一土地目録三六ないし四六記載の各土地)が相当の面積を占めていることに加え、航空法四九条三項に基づいて右部分の除去を請求することはできないこと等の事情が存在するにもかかわらず、被告は、その取得ないし除去の確実性を極めて安易に考えており、この点からも被告の五号要件充足の判断には裁量の範囲を逸脱した違法があるといえる。
(二) 土地収用法の不適用について
(1) 用地の任意取得ができなかった場合でも、本来空港の設置事業は土地収用法(昭和二六年法律第二一九号)所定の収用対象事業であるから、五号要件を充足する旨の被告の主張は、航空法に違反する。そればかりか、そもそも、本件空港には土地収用法二〇条の事業認定要件が認められないのである。以下、その理由を述べる。
<1> 五号要件の判断に土地収用法の適用は予定されていないこと
被告は、五号要件充足の判断事情の一つとして、土地収用法の存在をあげるが、航空法制定当時土地収用法は既に存在していたのであって、立法者は土地収用法の存在を前提とした上で、法三九条一項五号の要件を敢えて「これを確実に取得することができると認められること」と規定したのであるから、その趣旨は、土地収用法の手続によらず任意買収で確実に取得することができるという意味でなければならない。航空法三九条一項五号は、土地収用法三条の関係では、その特則とみるのが自然な法文解釈である。
また、空港設置許可処分を受けて空港の供用開始予定日が告示されると、申請者である静岡県知事は設置許可申請書に示された工事計画(<証拠略>)に従い、許可申請書に記載した工事完成の予定期日までに工事を完成しなければならない義務を負い(法四一条一項)、設置許可処分により開港までの具体的なタイムスケジュールが決まるのであって、そこでは、何年かかるかわからない土地収用法の手続による敷地取得の時間までは考慮されていない。本件の場合、反対地権者に対して土地収用法による収用手続をとるとなると、予定した平成一五年一一月一日に空港の供用を開始する(前記二の2(五)参照)などおよそ不可能である。
以上により、五号要件充足の判断においては敷地取得について土地収用法の適用を予定していないことが明らかであり、被告が、同法の存在を前提として、五号要件を充足するとした判断は、被告の裁量権の逸脱濫用として違法である。
<2> 土地収用法二〇条の要件不充足
本件空港の設置事業には、以下のとおり、土地収用法二〇条の事業認定を受ける要件を欠いている。
イ 第一に、静岡県には、事業を遂行する十分な意思と能力がない。
土地収用法二〇条二号は「起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること」と定める。静岡県が地方自治体であるということのみで資金面からも組織上の観点からも当然に右要件を具備するものとはいえない。静岡県は平成七年度の決算によれば、県税収入の年間歳入予算に対する比率が三四・八パーセントにまで落ち込んでおり、その結果県債発行が増大し、平成八年度の県債発行残高は一兆五千億円余にものぼり、年間歳出予算である一兆三千億円余を越える借金依存状況に陥っている。財政再建は県政の最重要課題であり、積極的土木優先の財政運営はできず、無駄な公共事業の抑制を図ることが至上命題となっているから、高度な公共性が認められ、住民の福祉増進に適うものでなければ公共事業としてなすべきではない。公共性を欠く本件空港事業の遂行は県の財政再建方針に反する。
他方、国も平成九年には財政健全化を政策目標として掲げ、地方公共団体への補助金を削減し、公共事業計画についても景気等に配慮しながらもこれを抑制する方向にある。こうした状況下では、静岡県の本件空港建設に伴う自己負担が増大し、資金面での一層の苦境に陥ることになる。
以上のことから、静岡県には本件空港事業遂行について財政的裏付のある事業遂行の意思と能力はない。
ロ 第二に、本件空港にかかる事業計画は土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものではない。
土地収用法二〇条三号は「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」と定めている。この要件は、その土地がその事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによって失われる利益とを比較衡量した結果、前者が後者に優越する場合に充足されることになる。
事業認定は当該事業に必要な土地に着目して行われる処分であり、先ず当該土地が当該事業にとって適正なものであることを要する(適地性)。しかし、本件空港の空域は、航空自衛隊静浜飛行場の管制圏、訓練空域と同浜松飛行場の進入管制区とに挟まれ、狭隘であることから、両飛行場を発進する自衛隊機との接触が高度に予見され、空港として最も重要な空域の確保、就航の安全性を欠いている。また、本件空港予定地は霧の発生しやすい気象条件下にあり、高層気流の気象データが不備であり、安全な就航が確保できず、静岡県の予測する就航需要を満たす発着便数を確保することも不可能である。更に、本件空港計画によれば、約八〇メートルの高盛土を実施し、その際盛土材としては不適格である相良層群に属する不透水性の泥岩を主体とするものを利用しようとしているが、地殻変動が激しく将来東海地震の発生が確実視されている当該地域としては防災上疑問の多い計画である。このように、本件空港予定地は、空港としての適地性を欠いている。
また、静岡県は、空港設置が県の発展に必要不可欠との認識に立ち、静岡県の航空需要を一七八万人と見込み、第三種空港として地方的な航空運送を確保するために静岡空港計画を策定した。しかして、本件空港へのアクセスとして新幹線の新駅が必要であるが、技術面、経済面等からその実現は困難であること、本件空港利用者層と競合すると想定される交通機関として、第二東名高速自動車道、第七次空港整備五箇年計画で採択された中部国際空港、さらには拡充・二四時間化の方向に進む東京国際空港(羽田空港)等があり、本件空港が十分利用されるには、これらに対応できるだけの運賃の大幅な引き下げ、適切な発着便数の確保、空港ネットワーク化の実現が不可欠であるが、いずれも解決困難であることなどからみて、本件空港の利便性経済性は他の交通機関に比して特異性を有しないのであり、空港利用客を一七八万人と見積もった静岡県の航空需要の見込みは明らかに過大である。
これに対し、自然環境は一旦破壊されれば再生は不可能であり、本件空港建設に伴う自然環境の破壊の程度は著しいものがある。
そうすると、本件空港は空港としての適地性を欠き、第三種空港としての公共性は低く、利便性経済性も低いのであるから、かけがえのない自然環境を破壊してもなお優越して認められるほどの利益はない。
ハ 第三に、本件空港の敷地として土地を収用し、又は使用する公益上の必要性はない。
土地収用法二〇条四号は「土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること」としている。この要件は、当該事業に当該土地を強制的に収用する程の公益的必要性が認められるか否かによって判断されるところ、新東京国際空港(成田空港)について地主らの激しい反対運動を前に、一旦申し立てた千葉県収用委員会への収用裁決申請が取り下げられた歴史的経緯を考慮すると、第一種空港(空港整備法二条一項一号)である新東京国際空港とは公益的必要性において比すべきもののない第三種空港に過ぎない本件空港のために、強固な反対意思を示している原告ら地権者に対して土地収用制度を利用することは到底許されない。
<3> 航空行政の転換
運輸省航空局長は、「成田空港問題に関するシンポジウム」、「成田空港問題に関する円卓会議」に参加し、その席上公式に地権者らに謝罪し、航空行政の転換、具体的には空港建設のための用地取得にあたり、強制的な手段はとらない、すなわち、土地収用法の発動を求めないとする方針変更を表明した。歴代各運輸大臣も公式に反省と謝罪を述べて、政策の転換を重ねて表明した。右表明は成田空港に限定されたものではなく、航空行政一般の転換を表明したものである。
(2) よって、本件空港においては、土地収用法の発動の可能性は全くないというべきである。また、被告が本件許可処分をする直前に静岡県知事から受けとった確約書も土地収用法の発動を前提としていない。このことは、成田空港問題を境としたわが国の航空行政の転換からして明らかである。
(被告)
(一) 敷地取得の確実性について
(1) 法三九条一項五号の規定は、申請者による敷地所有権等の保有のみでなく、その取得見込みの確実性をも要件としているところ、申請時において、空港敷地内の土地所有者等の中に、任意の売却等に応じない意向を示す者があるからといって、五号要件に適合しないとはいえない。
そして、敷地の権原を「確実に取得することができると認められる」か否かをあらかじめ画一的な基準をもって被告が判定することは困難であり、申請時に得られている同意に係る面積割合等を考慮しつつ、将来の予測を含めた諸般の事情を総合して判断するほかないのであって、その性質上、五号要件の認定には被告の裁量が認められる。
(2) 静岡県知事が被告に提出した飛行場設置許可申請書(<証拠略>)によれば、本件空港敷地内にある国有地、県有地及び市町有地は、それぞれ譲渡等により静岡県が確実に取得できることが認められ、また、空港敷地内の地権者(ただし、共有地権者は除く。)が全体で二八四名であり、このうち二七三名からは用地取得の同意を得ていることが本件申請書添付の同意書により認められ、その後、さらに一名が同意したことにより、本件許可処分の時点では、用地取得について同意している地権者は、二七四名となっており、これは、地権者のうち、世帯数の九七・二パーセント、地権者数の九六・五パーセント、面積の九七・三パーセントを占めるものであった。
さらに、本件許可処分の時点で、まだ右同意の得られていない地権者についても、静岡県が今後とも精力的に折衝を続け、地権者の同意を得ていくことにより、責任をもって用地取得に当たることを確約しており、任意買収により用地を取得できる見込みがあると認められた。
(3) 仮に、その同意が得られなかった場合でも、本件空港の設置事業は土地収用法三条一二号に該当する事業であって、同法の適用も可能であることが認められた。
(4) 被告は、これらの事情を総合的に考慮して、本件申請が五号要件を満たすと判断したものであり、その判断は合理的であり、その要件認定に係る裁量を逸脱濫用したとする事情は存在しない。
(5) なお、原告らの(一)(5)の主張に反論しておくが、法三九条一項五号にいう「飛行場の敷地」とは、飛行場設置許可申請書添付の実測図で示された「飛行場の敷地の境界線」(航空法施行規則七七条一号ロ)によって画された範囲内の土地をいうのであって(前記二の5(一)参照)、被告は五号要件の審査に当たり、右範囲内の土地について取得の確実性を判断すれば足りるのであり、設置許可申請者が右範囲外の土地をも取得できるか否かは同号の審査要件ではない。
また、制限区域内の土地については、設置許可処分が告示されると、その法律上の効果として当然に用益が制限されるほか(法四九条一項)、本件土地部分についても法四九条三項による除去請求の対象にもなり得る等各種の制度的手当が用意されているのであり、被告は、こうした理解を前提として五号要件の審査を行ったのであるから、原告らの主張は失当である。
(二) 土地収用法の適用について
(1) 法三九条一項五号の適合性について、土地収用法二〇条二号ないし四号の要件の具備自体が本件許可処分に係る五号要件の審査の対象でないことはいうまでもなく、被告は、空港敷地の所有権等を確実に取得することができると認められるとの要件を充足するか否かの関連において、本件空港設置事業が土地収用法の適用対象事業であり、権原取得の方法が任意取得に限られないことを主張するに過ぎない。もとより、土地収用の手続を利用するか否かは申請者の判断であり、本件許可処分の前提となるものではないし、また、具体的に土地収用法適用の要件を判断するのは、事業認定の申請を受けた事業認定庁であって、被告の判断の及ぶところではない。
(2) 原告らは、成田空港の建設に関し、成田空港問題シンポジウムが開かれた事実、新東京国際空港公団(以下「公団」という。)が、土地収用裁決申請を取り下げた事実、及び運輸省航空局長が成田空港問題円卓会議において空港づくりの在り方についての見解を示した事実を指摘するが、被告においてこれを争うものではない。しかし、そもそも、これらは、本件許可処分の要件とは関係のないものであるから、本件許可処分に係る被告の裁量権の逸脱濫用を基礎付ける事実には当たらない。その理由は次のとおりである。
<1> 「空港と地域との共生に関する基本的な考え方について」
公団が、平成五年六月、土地収用裁決申請をすべて取り下げ、また、運輸省航空局が、「空港と地域との共生に関する基本的な考え方について」(<証拠略>、以下「基本的な考え方」という。)をとりまとめ、平成六年二月二二日、第五回成田空港問題円卓会議にこれを提出したことは事実である。
しかしながら、「基本的な考え方」は、地域との共生をめざした空港づくりの在り方として、段階ごとに必要な話し合いを深めながら進めるべきことを示したものではあるが、今後、わが国が空港設置事業を進めるに当たり、あらゆる空港について、いかなる事情、状況下においても土地収用法に基づく収用等を行わないとの趣旨を含むものではない。このことは、その後、国が設置管理する第二種空港(空港整備法二条一項二号、空港整備法施行令一条二項、別表第二)である広島空港の滑走路延長事業に供する目的で土地の収用裁決申請を行い、広島県収用委員会において当該土地の収用裁決に至った例があることからも明らかである(<証拠略>)。
したがって、「基本的な考え方」を契機として、航空行政全般が土地収用制度を利用しない方向へ転換されたとする原告らの主張は、全く根拠がない。
<2> 「基本的な考え方」の適用範囲
「基本的な考え方」は、国際空港としてわが国が主体的に設置していく大規模空港の建設を念頭に置くものであり、本件空港のように、自治体における民主主義の過程を経て、地域の便益の観点から設置が決定されるところの地方自治体が設置管理する空港を前提にしたものではない。
<3> 本件許可処分との関係
前記のとおり、「基本的な考え方」は、わが国が主体的に設置する大規模空港に関するものであり、いかなる空港についても以後一切土地収用を行わないとする趣旨を含むものではない。したがって、静岡県が主体となって設置する本件空港について、土地収用法の適用の可能性を全く否定する原告らの主張は失当である。
また、事業者、設置者として空港建設を行う国(国が設置した公団を含む。)の立場と、国以外の者が飛行場を設置しようとして許可申請をした場合に、これを審査する国(被告)の立場とが異なることは自明である。
前者、すなわち事業主体としての国は、権限の範囲内で政策を変更し、あるいはこれを見直すことも自由であるが、後者の立場においては、設置主体からの申請につき法律の定めに従って要件審査をするほかはなく、飛行場の設置について、法三九条一項各号の要件が具備されれば、被告はこれを許可すべきものであって、本件空港の設置許可甲諸に対する審査において、かつて国(公団)が土地収用裁決申請を取り下げたことや「基本的な考え方」をとりまとめたことを理由に、あたかも審査要件が変更されたかのごとき審査をして、要件に適合することを認めながらこれを不許可とすれば、右の不許可処分自体が、法律の根拠に基づかずに申請者の権利を制約するものとして違法とされる。原告らの主張は、前述した二つの立場を混同するものであって失当である。
3 争点3について
(原告ら)
(一) 航空法三九条一項一号は「当該飛行場又は航空保安施設の位置、構造等の設置の計画が運輸省令で定める基準に適合するものであること」を許可要件とし、これを受けた航空法施行規則七九条一項一号は、右「基準」の一つとして、「飛行場の周辺にある建造物、植物その他の物件であって、運輸大臣が航空機の離陸又は着陸に支障があると認めるものがないこと。ただし、当該飛行場の工事完成の予定期日までに、当該物件を確実に除去できると認められる場合は、この限りでない。と定めている。
航空機が空港に安全に離着陸するためには、空港周辺の一定の空間を障害物のない状態にしておく必要があり、航空法によりその範囲が定められており、この空間の底面が制限表面である。そして、本件空港の場合、空港建設予定地は東側から西側に向かって標高が高くなっており、本件空港敷地の西北西方向の制限表面下には、自然の地形を大規模に切土してほぼ水平にしなければならない土地(障害切土部分)約八二ヘクタール(<証拠略>)が拡がっているのであり、この本件土地部分の切土が完了しない限り、たとえ滑走路が完成しても航空機は一切離発着できない。
つまり、制限表面の上に出る本件土地部分は右基準にいう「航空機の離陸又は着陸に支障があると認めるもの」であって、これを「当該飛行場の工事完成の予定期日までに」「確実に除去できると認められる場合」でなければ、一号要件を充足していないことになる。
右土地部分については、強固な反対意思を有する地権者である原告大井寿生(原告番号三五番)所有の土地(別紙第一土地目録三六ないし四六記載の各土地)がその相当の面積を占めていて、その除去ないし取得は非常に困難であるにもかかわらず、被告は、当該部分を本件空港工事完成の予定期日までに確実に除去ないし取得できると認められると判断したのであり、その判断は、以下のように極めて安易であり、本件許可処分は、航空法施行規則七九条一項一号に定める具体的基準に適合しておらず、一号要件を充足していないことになり違法である。
(二) 被告は、本件土地部分について、法四九条三項に基づき強制的に除去することができ、または土地収用法による収用も可能であると主張する。
しかし、本件土地部分について、その構成要素である土砂を直ちに法四九条三項にいう「物件」と解することはできない。そのことは、同条一項、二項にいう「物件」と同条三項の「物件」とは同一概念と解され、同条三項の「物件」は「設置し、植栽し、又は留置」(同条一項、二項)されたものでなければならないところ、本来その構成要素として土地そのものを形成している土砂は、設置、植栽又は留置されたものの範疇に属しないこと、同条四項が「前項の物件又はこれが存する土地の所有者は」と規定しており、「物件」と「土地」とを明確に異なる概念として規定していることや、土地上に区別できる形で存在する土砂・土石であれば同条三項の「物件」と解することは不可能ではないが、自然のままの地形で本来的に存在し、かつ、制限表面上に出ている土地部分をもって「土地」とは別概念の土砂・土石を充てることはできないことから明らかである。
また、土地の利用について公共の利益と私権保護との調整を図る土地収用法が、収用の客体となり得るものとして「土地に属する土石砂れき」(同法七条)を「土地」そのもの(同法二条)とは明確に区別して規定するとともに、その収用について慎重な手続を定めていることからみても、土地の構成要素である切土部分を直ちに法四九条三項の「物件」と解して、同項の定める手続により除去できると考えることは疑問である。
仮に法四九条三項の手続によって、右反対地権者が所有する土地の障害切土部分を除去することができるとしても、そのためには民事訴訟を提起するほかなく、当該地権者の動向とその強固な反対意思から見て、その解決にどれほどの期間を要するか見通しは極めて困難であり、少なくとも本件空港工事の完成予定期日として申請されている平成一五年七月一日(<証拠略>)までに除去が確実にできるとは到底言えない。
更に、本件空港設置事業に対する土地収用法の適用そのものが問題であることは、既に前記2(原告ら)の(二)で指摘したとおりである。
以上のように、法四九条三項の適用、土地収用法の適用ともに困難であるから、被告の判断は極めて安易であったといえる。
(被告)
(一) 原告らは、本件許可処分には法三九条一項二号及び五号違反の違法があると主張し、右の点を主要な争点として本件訴訟は進行してきた。したがって、同項一号に係る要件は本件訴訟の争点とはされていない。また、そもそも、同項一号に係る要件は、周辺住民や周辺土地所有者等の権利保護に係るものではなく、原告らの法律上の利益に関わるものではない。したがって、同号違反は、本件許可処分の取消を求める理由とはなり得ない(行政事件訴訟法一〇条一項)。
(二) 仮に右の点を本件訴訟の争点にするとしても、被告の法三九条一項一号の審査に何ら違法はない。以下、一号要件の具体的基準のうち、原告が問題とする航空法施行規則七九条一項一号の審査につき述べる。
飛行場設置許可申請書(<証拠略>)によると、本件空港の「進入表面、転移表面若しくは水平表面の上に出る高さの物件又はこれらの表面に著しく近接した物件」として、ファン、電柱、樹木、地形等が存在することが認められたところ、被告は、ファン等、障害灯の設置による対応が予定されるものについては、航空機の離陸又は着陸に支障はないと認め、電柱等については、その設置者である静岡県において工事完成の予定期日までに確実に除去し得ると認めた。また、樹木及び地形で除去が必要とされる部分についても、設置者において任意に土地を取得した上、伐採又は切土することは可能であることに加え、本件許可処分の告示後、設置者が、法四九条三項により、制限表面の上に出る物件(本件土地部分)の除去をその所有者に対し求めることができること、本件空港の設置が土地収用法の収用対象事業(同法三条一二号)であり、法的には土地収用法の適用も可能であること等から、これらについても、本件空港の工事完成の予定期日までに確実に除去できると判断し、本件申請は一号要件に適合するものと認めたのであり、被告の右判断に違法はない。
(三) 法四九条は、公共用飛行場の公共性に鑑み、飛行場に設定された制限表面を基準に公用制限を課すものであって、航空機の離着陸に必要とされる障害のない空間を確保するために、航空機の航行の障害となる一切の有体物を「物件」として排除しようとする規定であるから、こうした同条の目的に照らせば、本件土地部分のような不動産の構成部分であっても、同条の規定する「物件」として除去請求の対象になると解すべきは当然である。
また、土地収用手続と航空法に基づく除去請求とは目的も効果も異なる別個の制度であるから、土地収用法の要件論を用いて航空法四九条三項の「物件」の解釈を行う原告らの主張は失当である。
4 争点4について
(原告ら)
(一) 「他人の利益」の意義
飛行場設置許可要件の一つを定める航空法三九条一項二号は、「当該飛行場又は航空保安施設の設置によって、他人の利益を著しく害することとならないものであること」としているが、右要件(以下「二号要件」という。)の審査内容について検討すると、一般に公共工事の実施に当たって、他人の財産に関する利益を著しく害してよいはずがなく、そのこと自体は至極当然のことであるから、航空法がかかる要件を飛行場設置許可においてことさら設定している理由を考える必要がある。
そうすると、公共事業の中でも飛行場の設置事業はとりわけ広大な土地が必要であって、設置場所によってはそれによってもたらされる自然破壊も甚大であること、騒音等の発生が不可避であること、万一航空機の墜落等の事故が発生した場合には致命的な被害が生じること、一度飛行場が開設されれば広い地域にわたりかかる恒常的な被害と危険が永続すること等の航空施設の特性にかんがみ、飛行場設置許可に対し右の特性について航空法が事前にことさら慎重な配慮を求めたものと考えられる。
二号要件の右立法趣旨に加えて、前述(前記1(原告ら)の(四)参照)の「生物の多様性に関する条約」や「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」等によって、国や自治体に対して良好な自然環境を守るべく責務規定が設けられている以上、今や生物の多様性を含む自然権や環境権は古典的な所有権等の「財産権」に優るとも劣らず、人類のため緊要のものとして保護された権利又は法的な利益というべきであることも考慮するならば、「他人の利益」には、制限表面等による制限の対象とされる私人の財産権は勿論のこと、自然権・環境権、その他良好な環境の中で生活する権利ないし利益も含まれるのである。
この点、被告は、航空法施行規則を援用し、「他人の利益」の意義について「(主として)制限表面等による制限の対象とされる私人の財産権に対し配慮を求めたもの」である旨主張するが、そのように「他人の利益」の範囲をことさら狭く捉えるのは右立法趣旨や有責務規定の意味を理解しないものであって誤りである。以下、本件における「他人の利益」として考慮しなければならない内容を具体的個別的に述べる。
(二) 「他人の利益」の内容
(1) 財産権
<1> 土地所有権・立木所有権
原告番号一番ないし六二番の原告らは、本件空港の空港敷地内又は制限区域内に土地を単独で所有あるいは共有している。原告番号六三番ないし一一六番の原告らは、空港敷地内又は制限区域内にある土地上に生育する立木を所有している。
本件許可処分により、空港敷地内の土地は空港用地として提供を余儀なくさせられ、告示に伴って設定される制限区域内の土地も利用制限等を受ける(法四九条)。立木も同様である。本件許可処分により、右原告らのこれら土地所有権、立木所有権が侵害されることは明らかである。
<2> 営農上の被害
イ 原告松本かな子(原告番号三番)及び同松本吉彦(同四番)は、その所有する白桃の栽培地(ハウス栽培一三アール、露地栽培五〇アール、なおこれらは買収対象地ではない。)において、空港関連工事によって生息地を奪われた野鳥の飛来による被害を現実に受けている。
従来は一本の樹につき四、五個の被害で済んでいたが、現在では摘採できる果実が皆無な樹もあるほどの状態で、その被害額は百万円単位に達する。右両原告は、白桃栽培について山梨県から指導者を招いて技術を導入し、多額の資本を投じて経営を行っているものであるが、いまだ関連工事の段階でこのように重大な野鳥被害が発生している以上、今後本格的な空港整備事業が進めば、右両原告が営む白桃栽培は完全に不可能となり、営農上の死活問題である。
ロ また、原告番号一番、二番、五番ないし七番、二四番、二五番、四〇番、四一番、四三番、四六番の各原告らが所有する茶園は、茶園の病害虫被害が増大する危険に晒されている。
茶園の病害虫・病害菌は荒廃した茶園において著しく増殖伝播するのであって、静岡県が本件空港建設のために取得した茶園がその後耕作を放棄されたまま荒地化するに従い、右原告ら所有の茶園において病害虫被害が増大する危険性が高く、これも営農上の被害である。とりわけ、原告檜林耕作(原告番号一番)は、現居住地において先代以来、一・六ヘクタールの自家茶園で生産する生葉を原料とする製茶工場を経営し、地元農協の品評会においても入賞を重ねており、たとえ本件空港用地として茶園を手放さなくとも、右による被害自体で致命的な打撃になる。
<3> 補償措置によっても代置できない生存権的土地所有権
原告番号一番ないし七番、三五番の原告ら(いずれも単独土地所有者)は、いずれも、先祖から受け継ぎ、営々と地力を培養してきたそれぞれの所有地(耕地及び山林)において営農又は山林経営を継続してきた者であり、自己所有の山林の下草を茶園や果樹園の有機肥料として活用する営農形態をとっており、また、多額の経費を投じて製茶工場を経営し、果樹のビニールハウス栽培をおこなっている者もある。
営農又は山林経営には、それぞれの土地に特有な知識・ノウハウの蓄積が必要であり、彼らの経営と現在所有する耕地及び山林とは不可分な関係にある。これら原告らが従来どおり効率的で生産性の高い営農又は山林経営を継続するためには現住所地及び現居住地を離れることはできず、補償や代替地の提供等によっては代置できない。
こうした現在所有する耕地及び山林と深く結びついた経営を継続している現状からすれば、原告らにとって、その所有する耕地・山林は、単なる財産権の対象でなく、その営農・山林経営、生活及び生存を支える上で不可欠のいわば生存権そのものであり、原告らのかかる生存権的財産権は、対価の支払、補償、代替地の提供等によってしても、その意に反して奪われることのない権利である。
しかるに、これら原告らは、自己所有地を本件空港用地として提供する意思が全くないことを明確に表明し、今後とも現住所地での営農又は山林経営を継続する強固な意思を有しているにもかかわらず、本件許可処分に基づいて推進される空港建設事業によって、その意に反して土地所有権を奪われる危険に晒されている。これは、右原告らが享受する生存権的土地所有権の侵害である。
(2) 自然権・環境権
既に述べた(前記1(原告ら)の(四)参照)ように「生物の多様性に関する条約」や「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」等において、国や自治体に対し良好な自然環境を守るべきとする責務規定が設けられている以上、生物の多様性を含む自然権や環境権は古典的な所有権等の「財産権」に優るとも劣らない、人類のため緊急に保護された権利利益というべきであり、いかなる行政処分といえどもこれについての配慮を避けることはできないものである。また、静岡県民は等しく、環境基本法、静岡県環境保全条例、静岡県自然環境保全基本方針(昭和四九年一月一一日告示第九号)等に基づき、県下全域において、良好に保全された自然環境の利益を享受する権利を認められている。
本件空港計画地域及びその周辺には、動植物の貴重種、注目すべき種等を含む豊かな生態系が存在している。
すなわち、本件空港計画区域は、標高二一〇メートルの物見塚を最高地点とする丘陵景観となっていて、周辺には、水田や茶畑、集落が見られ、各所に小川が流れ、里山が存在し、動植物がこれらと一体となって豊かな生態系を形成する半自然的な景観をなしている。
本件空港が設置されることに伴って地形が改変されることとなる区域(地形改変区域(空港本体、制限表面、法面等))には、スダジイ萌芽林、コナラ林、アカマツ林、スギ・ヒノキ林、竹林、耕作地(茶畑・果樹園・水田等)が、その周辺には湿性草地も存在しているほか、スズカカンアオイ、シロバナクサナギオコゲ、ナギラン等の五種類の貴重種(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律による指定種、文化財保護法の天然記念物、日本版レッドデータブック掲載種、環境庁が実施した「すぐれた自然調査」の対象種をいう。以下同じ。)、その他静岡県において保護に務めるべき重要な種や静岡県が分布の限界となっているイヌスギナ、ヤマモガシ、モチツツジ、ジュウニヒトエ、ノハラアザミ等一一種類の注目すべき植物種や、オオタカ、カワセミ、カジカガエル、ゲンジボタル、ハルゼミ等の一五種類の貴重種、その他静岡県において数が少なくなっている動物や地域の環境を代表する動物であるタヌキ、ノスリ、ニホンアカガエル、カケガワオサムシ、アブラハヤ等二五種類の注目すべき動物が存在している。
このうち貴重種であるオオタカは、絶滅の危険が増大している種である。元来オオタカは、生態系の頂点に位置し、鳥類の捕食者として重要であり、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律において国内稀少野生動植物種に指定されている。オオタカは、平地から低山に生息する留鳥(季節による移動がなく、一年中見られる鳥)で、生息環境は森林(落葉広葉樹と針広混合林)であることが多いが、必ずしも森林の奥地を好まず、森林・農地等の入り組んだ、ある程度人為の及んだ地域に生息するものであるところ、本件空港予定地とその周辺地域はこの定義に合致するオオタカが生存し営巣しうる環境を形成している。このオオタカを含む自然環境に対する原告らの権利は、自然権、環境権として保護されるべきものである。原告らのうち立木所有者である原告ら(原告番号六三番ないし一一六番)が、それぞれ自らオオタカを名乗り、オオタカトラストの森を作り、本訴を遂行しようとするのもこの故である。
ところで、本件空港は、山岳空港といわれるように、山を削り野渓を埋める他に類例のない新設の空港であり、自然環境に激変をもたらすことは、本件申請時点で既に明らかであった。
しかるに静岡県は、本件空港計画の推進に伴い、代替農地の造成、工事用道路の建設、盛土試験の準備工事等により、自然度が極めて高く維持されてきた山林を既に百数十ヘクタールも破壊し、今また、盛土試験工事によりさらに数十ヘクタールの山林が消滅しようとしている。これによる地形の改変、当該地域における生態系の破壊は、回復不可能な程に激甚なものであることは、「地形改変区域及び現存植生図」(<証拠略>)により歴然としている。
このように静岡県の本件申請を受けてこれを許可した被告の本件許可処分によって、原告ら全員が享受する自然権・環境権として保護されるべき利益は、既に著しく侵害されているばかりか、その侵害が今後一層激化拡大することは明らかである。
(3) 原告らの生活利益の侵害
<1> 騒音・振動
本件空港建設工事に伴って、多量の建設工事用車両の通行等による騒音、振動の被害が周辺住民に広がる。また、本件空港が建設され航空機が就航した場合、航空機は、人口約二万人を擁し確実に市街化が進行しつつある静岡県榛原郡吉田町の上空を、着陸時の進入にあたっては高度約二五〇メートルから約五〇〇メートルの低空で飛行することになるから、これによる騒音は、同町の広範な地域において住宅、公共施設等の防音設備工事を行わなければならないほど激甚なものとなる。静岡県及び吉田町はその工事実施予定範囲を発表しているが、そもそも住宅にまで防音設備を必要とするような状況は、それ自体原告らを含む地域住民の生活利益の甚だしい侵害である。仮に完全な防音工事が行われたとしても、戸や窓を開け放して自然の風を招き入れることはできない。また、公費の負担によって右の工事が行われても、その後の維持管理や設備の更新に要する経費は原告ら住民の多額の出費とならざるを得ない。そして、被害は航空機の進入、離着陸及び駐機に伴う騒音に止まらず、飛行に伴う強烈な振動によっても生ずる。
<2> 交通被害
平成九年に本件空港予定地に隣接する榛原町坂口地区及び金谷町切山地区において、代替農地造成のための大規模工事が開始されて以来、原告池ヶ谷八州志(原告番号二一番)の子息が通学する榛原町立坂部小学校の学区内では、同区内を通行する関連工事車両の交通量が激増し、これによって通学児童の安全が著しく脅かされるに至ったため、平成一〇年夏以来、同校とPTAとの間で、通学路指定の見直しが検討されている。
坂部区と工事業者の間で児童の登校時間帯に配慮する取決めをしてはいるものの、空港建設工事が本格化すれば、工事に伴う交通量は更に激増し、児童の事故が多発する。
<3> 県職員らによる生活の静穏妨害
本件空港予定地内に土地を所有する檜林耕作ら七名の原告(原告番号一番ないし七番)及び同地内に土地を共有する原告らのうち本件空港予定地周辺地域に居住する者である原告本間英之ら四三名の原告(原告番号一九番ないし二五番、二七番ないし六二番)は、各自の所有地を本件空港用地として提供する意思が全くないことを明確に表明しているにもかかわらず、空港整備事業担当の静岡県職員及び島田市、榛原町、吉田町の各職員からの執拗な訪問と土地提供の要請を受け続けており、その応対のため、日常生活の静穏を妨害される事態が続いている。
<4> 優れた眺望・景観の消滅
原告檜林耕作(原告番号一番)、同吉添輝雄(同二番)、同檜林政ヱ(同五番)及び同吉添知津子(同六番)は、各人の居住地区の東側の台地上に所有する茶園で、日々農作業を行い、遥かに南アルブスの連山、富士山、伊豆半島、駿河湾を見渡すことのできる大展望に心の安らぎを覚え、作業の疲労も癒される思いをしてきた。
本件空港建設により、優良茶園の拡がるこの台地は掘り下げ平坦化され、立入禁止の空港用地と化して、この優れた眺望・景観が消滅する。
<5> 航空機の排気による大気汚染
本件空港においても他の空港周辺地域において問題となっている航空機の排気による大気汚染が懸念される。その場合本件空港周辺の地域では、健康被害が発生するおそれが大きいとともに、優良な品質を誇り市場価格が高い同地域の緑茶やレタスの生産者価格も低落する可能性が高く、これらの生産に携わっている原告らは、経済的にも多大の被害を被ることが避けられない。
<6> 航空機墜落事故の危険
本件空港の空域は、航空自衛隊静浜飛行場の管制区及び同浜松飛行場の管制区に挾まれて狭隘であるほか(初等練習機の訓練用基地である静浜飛行場の自衛隊練習機の常用高度は約五〇〇メートルから一〇〇〇メートルであるが、これは本件空港に離着陸する航空機の飛行高度と競合し、飛行技術が未熟な自衛隊練習機とのニアミス発生の危険が少なくない。)、地形的な要因も加わり、航空機は離陸にあたって滑走路端付近から急激(通常は航空管制上エンジントラブル等の事故が発生しても三パーセントの上昇角度が維持できれば離陸が認められるところ、これを実現することは困難である。)に旋回して上昇しなければならない等、飛行上の厳しい制約がある。こうして、航空機の離着陸に当たって事故が発生する危険が大きく、原告らを含む本件空港周辺の地域住民は、常に、墜落等の事故発生の危険に脅える生活を余儀なくされる。
<7> 異常出水、大規模な氾濫・洪水の危険
本件空港設置建設工事による切土・盛土によって生じた膨大な移動土砂量(移動土砂量約二七〇〇万立方メートル、最大盛土高八二メートル)によってもたらされる自然の地形の巨大な改変と保水力の喪失は、本件空港に隣接する地域に大規模な土石流を発生させ、また、本件空港用地に発する河川の下流に当たる地域に大規模な氾濫・洪水を招く危険が極めて大きい。
現実の被害として平成一〇年九月の七号台風による本件空港予定地周辺を源流とする三本の二級河川(勝間田川、坂口谷川及び湯日谷川)の源流部にあたる本件空港予定地及びその周辺地区における空港関連工事に伴い、山林が大規模に破壊され、山林の保水力が著しく喪失したことに起因して、台風時にはそれら河川が異常に増水し、沿岸に原告増田勝(原告番号一一二番)及び同縄巻昌(同一一三番)が居住する勝間田川において十数箇所、同じく沿岸に原告久保田惣平(原告番号二八番)、岡野村光美(同三〇番)、同岩堀治(同三二番)、同髙橋清司(同三七番)、同岩堀喜久二(同四〇番)、同中田利晴(同四四番)及び同岩堀敏美(同四六番)が居住し、原告岩堀治(同三二番)、同岩堀九一(同四一番)及び同島野房巳(同四三番)が農地を所有する湯日谷川において四箇所、堤防が著しく浸食されて決壊に瀕する被害が生じたことがある。特に勝間田川においては、土石流が護岸を乗り越えて大量の土石が広く田を覆った被害すら発生した。また、湯日谷川では、前記原告らの居住地の上流にあたる島田市月坂住宅団地住民に対して島田市から洪水に備えて初めての避難勧告が出された経緯もある。
これらはいずれも、従来この程度の降雨(本件空港予定地に隣接する牧之原地区で約一五〇ミリの日降雨量)ではおよそ考えられなかった危険な現象であり、右原告らは、今後同様な現象が繰り返されることによる家屋の浸水、耕地の喪失等の具体的危険に晒されていることとなった。
(被告)
(一) 「他人の利益」の意義
法三九条一項二号において規定される「他人の利益」の意義については、右「他人の利益」が飛行場の設置に際して考慮すべきものとして規定されていることからすれば、飛行場の設置に必然的に伴うものとして考慮することが可能な程度に特定され得る「他人」につき、その帰属を具体的に主張することができる「利益」をいうものと解すべきであり、具体的には、申請に係る飛行場の建設に関して、設置許可により将来必然的に利害関係が生じることの予測される敷地所有者及び制限表面により私権制限の対象となる者について、その財産権が想定される。
そして、これを「著しく害することとならないもの」か否かは、その判断の性質上、要件該当性につき被告の裁量が認められるのである。
(二) 本件の具体的審査
本件申請書及びその添付書類から、空港敷地部分には山林や畑が多いと認められるところ、その大部分の所有者から所有地を設置者に売り渡す旨の同意が得られていること、本件空港の制限表面の投影面内には、人口・建物が密集して土地が高度に利用されている市街地はなく、民家が集まって集落を形成している地域の建物も概ね低層建築物であり、集落以外の地域は、山林、茶園などとして利用されていること、また、平成八年三月二七日に静岡県島田市内で開催された公聴会においても、制限表面の設定によって建築物等の高さが制限されることについて特段異論を述べる者はなく、飛行場の建設による個別的具体的な利益侵害を訴える趣旨の発言をする利害関係人はなかったこと等の事情をふまえ、被告は、本件空港の設置によって、他人の利益を著しく害することにはならないと判断し、本件申請は二号要件に適合するものと認めたのであり、その判断に違法はない。
(三) 原告らの主張に対して
(1) 原告らは、本件空港敷地内等に存在する土地及び立木の所有権侵害を主張するが、土地にせよ立木にせよ、その所有権にいかなる侵害が生じ、また、それらへの侵害を考慮した結果が二号要件にいう「著しく害する」と評価すべき程度に達することについては、具体的な主張がなく失当というべきである。
加えて、原告らの営農上の被害や生存権的土地所有権の侵害の主張についても、具体性に欠け失当である。
(2) また、原告らは、本件空港を設置すれば、その自然権、環境権、生活権として保護されるべき利益が著しく侵害される旨主張する。
しかしながら、法三九条一項二号の規定は、主として制限表面等による私権制限の対象とされる私人の財産権に対し配慮すべきことを求めたものであって、これをもって、原告らの主張する自然権、環境権、生活権として保護されるべき利益を、個別的具体的に保護する趣旨の規定と解することはできない(東京地裁平成三年行ウ第二〇一号同八年五月一四日判決・<証拠略>)。その理由は以下のとおりである。
<1> 飛行場設置許可申請書の記載事項(法三八条二項、同法施行規則七六条一項)、右申請書の添付書類及び図面(同規則七六条二項)のいずれにも、原告ら主張の自然環境等に関する利益に関連する項目あるいは資料はなく、被告が飛行場の設置許可申請を審査する際に、原告らの主張する自然環境等に関する利益を考慮することを義務づけようとしたことを窺わせる規定は存在しない。
<2> 飛行場の設置許可申請があった場合には引き続き告示・掲示がなされるが、これは利害関係者がそれらを事前に知っておくことで公聴会における意見陳述の機会を実質的に保障されるための手続としての側面もあるが、右告示・掲示すべきとして法定された事項(法三八条三項、同法施行規則七八条一項)は、制限表面及び飛行場の概要等に関する事項であり、原告らの主張する自然環境等に関する利益に関連する事項はなく、公聴会においては、自然環境等に関する利益についての意見聴取は予定されていない。
また、法三九条二項の公聴会において意見を述べる機会が与えられる当該飛行場の設置に関し、利害関係を有する者の範囲につき、同法施行規則八〇条は、制限表面等により財産権の制限を受ける者を利害関係を有する者として明示している。
以上の告示・掲示に関する規定及び公聴会に関する規定に照らしても、原告らの主張する自然環境等に関する利益を考慮することを義務づけようとしたことを窺わせる規定は存在しない。
<3> 更に、法四三条一項は、飛行場及び航空保安施設について特に重要な変更を加える場合には、飛行場等の設置の場合と同様に、被告の許可を受けなければならないとし、同条二項は、その申請書の記載事項(法三八条二項)、審査事項(法三九条一項各号)等についての規定を準用しているが、設置許可申請の場合の告示・掲示に関する規定(法三八条三項)、公聴会に関する規定(法三九条二項)等については、「飛行場の範囲、進入表面、移転表面又は水平表面に変更を生ずる場合に限り準用する」と規定し、新たに、制限表面等による財産権の制限を生じない場合には、これらの告示・掲示ないし公聴会の開催手続を不要としている。
これによれば、法四三条の場合には、法三九条一項二号の「他人の利益を著しく害することとならない」との要件への適合性も審査の対象となるにもかかわらず、制限表面等による財産権の制限を生じない場合には、告示・掲示ないし公聴会の開催を不要としているのである。
(3) 以上のことからすれば、法三九条一項二号の「他人の利益を著しく害することとならない」との規定は、主として、制限表面等による私権制限の対象となる私人の財産権に対し配慮すべきことを定めたものであって、原告らの主張する自然環境等に関する利益を個別的具体的に保護する趣旨の規定と解することはできず、原告らの主張は理由がない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 行政事件訴訟法九条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁昭和五七年行ツ第四六号平成元年二月一七日第二小法廷判決・民集四三巻二号五六頁、最高裁平成元年行ツ第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年行ツ第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁各参照)。
2(一) 飛行場の設置許可処分は、被告が、当該飛行場設置許可申請者の設置管理能力、設置管理計画の内容、敷地使用権原取得の確実性、設置に伴う他人の利益侵害の程度等を審査した上で、飛行場の設置許可申請者に対して飛行場の設置を許可する処分である(法三八条一項、三九条一項)。
航空法は、航空機の航行の安全を図る方法等を定め、また航空機運航事業の適正かつ合理的な運営を確保し、もって航空の発達を図ることなどを目的としているが(法一条)、航空運送事業の経営については被告の免許が必要であり(法一〇〇条一項)、別途審査手続が規定されていることから、飛行場の設置許可処分は、被告が、申請された飛行場が主に航空機の航行の安全を確保できるに足りる施設として設置管理されると認められるかを審査することを目的とした、飛行場の設置許可申請者を名宛人とした処分であるといえる。
(二) ところで、被告は、飛行場設置許可申請に対して、航空法の規定により当該飛行場の設置により他人の利益を著しく害することにならないか、申請者が右敷地について所有権その他の使用権原を有するか、又はこれを確実に取得することができると認められるか否か等を審査しなければならないが(法三九条一項各号)、飛行場の設置許可の申請をしようとする者が、被告の許可を受けるにあたって提出しなければならない飛行場設置許可申請書には、飛行場予定地の所有者の氏名及び住所、予定する飛行場の制限表面の上に出る高さの物件又は制限表面に著しく近接した物件がある場合には当該物件の所有者の氏名及び住所等を記載しなければならず(法三八条一項、二項、同法施行規則七六条一項四号、一三号)、加えて、右申請書には、申請者が、飛行場の敷地について所有権その他の使用の権限を有するか又はこれを確実に取得することができることを証明する書類を添付しなければならない(同法施行規則七六条二項二号の二)。
また、被告が設置許可の審査をする場合に開催する公聴会においては、許可申請者だけでなく、飛行場の区域、進入区域又は転移表面若しくは水平表面の投影面内の区域等の土地又は建物について所有権、地上権等の利用権を有する者も、利害関係人として当該飛行場の設置に関する意見を述べる機会が与えられており(法三九条二項、同法施行規則八〇条二号)、飛行場の敷地部分又は制限区域内の土地所有者等につき、その利益に配慮することが要請されている。
(三) 更に、航空法による飛行場で公共の用に供するものに関する事業は、土地収用法の適用対象事業に該当し(同法三条一二号)、同法所定の事業認定が受けられれば、起業者(本件では飛行場設置許可申請者がこれに該当する。)は土地を収用又は使用することができ(同法二条)、また、土地の上にある立木、建物その他土地に定着する物件も、それらが土地とは独立した取引価値のある場合でも、同法六条によって土地とともに収用又は使用することができることになる。
そこで、飛行場設置計画において空港敷地として予定された範囲内に土地を所有する者は、設置許可処分があれば、当該土地を空港敷地用地として任意売却に応じるか、土地収用法による収用に応じるかの選択を迫られることになり、また、空港敷地として予定された範囲内に立木を所有する者も、その所有を第三者である飛行場設置者に対抗できる地位にある限り、空港敷地予定地内に土地を所有する者と同じく、立木を失う選択を強いられる関係に立つものであって、収用又は使用の対象となるこれら土地等の所有者は公共の利益のために法定の手続に従ってその財産権に対する侵害を甘受せざるを得ない立場にあるといえる。
法四〇条が規定する設置許可の告示があった後には、告示で示された制限表面の上に出る高さの建造物、植物その他の物件を設置し、植栽し、または留置することが禁止され(法四九条一項)、告示の際に現に存する物件で制限表面の上に出るものについては、飛行場設置者は、右所有者その他の権原を有する者に対し、通常生ずべき損失を補償して制限表面の上に出る部分の除去を請求できる(同条三項)一方、右物件又はこれが存する土地の所有者は、一定の場合には、飛行場設置者に対し、その物件又は土地の買収を請求できる(同条四項)。また、飛行場設置者は、当該飛行場の設置によって、制限表面の投影面と一致する土地(ただし制限表面からの距離が一〇メートル未満のものに限る。)について、右用益の制限により通常生ずべき損失を、当該土地の所有者その他の権原を有する者に対し補償しなければならず(法五〇条一項)、これに対し、当該土地所有者は、一定の場合に、設置者に対して右土地の買収をも請求できる(同条二項)。
このように制限区域内に存在する土地、建造物、植物等については、飛行場の設置許可に伴い用益制限が規定されるところ、それに伴う通常損失の補償や、土地の買取請求等の利益保護規定が航空法に定められている。
(四) これらの規定からすれば、航空法は、同法三八条一項の許可に際し、飛行場の敷地部分及びその周辺の一定範囲内に存在する土地、建造物等の財産権を、それらが帰属する個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むものと解される。
(五) そうすると、当該飛行場の敷地部分の土地又は制限区域内の土地についてその所有権を有する者は、設置許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。
また、当該飛行場の敷地部分の土地又は制限区域内の土地上に立木を所有する者も、その立木が土地とは独立の取引の目的物とされ、明認方法の施されたものである限り、土地所有者とは独立して、設置許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、証拠(<略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告番号一番の原告は、別紙第一土地目録二四記載の土地を空港敷地内において所有するほか、その所有する同目録二三記載の土地の一部が空港敷地内にあり、加えて同目録二四記載の土地以外の単独所有地は、同目録二三記載の土地も含め全て制限区域内にある。また、別紙第二土地目録四記載の土地を空港敷地内に共有している。
(二) 原告番号二番の原告は、その単独で所有する土地が全て空港敷地内にあるほか、別紙第二土地目録一、二記載の各土地を空港敷地内に共有している。
(三) 原告番号三番の原告は、別紙第一土地目録三一、三二記載の各土地を空港敷地内において所有するほか、その他の土地を制限区域内に所有している。
(四) 原告番号四番の原告は、別紙第一土地目録五、八、二九、三〇記載の各土地を空港敷地内において所有するほか、別紙第二土地目録三、五記載の各土地を空港敷地内に共有している。
(五) 原告番号五番の原告は、別紙第一土地目録六記載の土地を空港敷地内において所有している。
(六) 原告番号六番の原告は、その所有する土地が全て空港敷地内にある。
(七) 原告番号七番の原告は、その所有する土地が共同相続した土地も含め全て空港敷地内にある。
(八) 原告番号三五番の原告は、その単独所有する土地が全て制限区域内にあるほか、別紙第二土地目録三記載の土地を空港敷地内に共有している。
(九) 原告番号八番ないし三四番、三六番ないし六二番の原告らは、いずれも空港敷地内に土地を共有している。
以上により、原告番号一番ないし六二番の原告らは、本件許可処分により、その各土地に対する権利行使を制約されることとなった者として、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益を有するものと認められる。
なお、別紙第一土地目録四三、四四記載の各土地及び別紙第二土地目録四記載の土地については、本件提訴後に本件空港建設に反対する弁護士グループがその共有地権者に加わっていることを窺わせる証拠(<証拠略>及び原告島野房巳)もあるが、それによって右判断が左右されることはない。
4 次に、証拠<略>によれば、原告番号六三番ないし一一六番の原告らの所有する立木には、それぞれ「空港に反対する榛原オオタカの森トラストの会」と表記されたほかに、個人の住所、氏名が記載された札が掛けられていており、明認方法が施されているといえること、右のうち原告番号六三番ないし一〇五番の原告らの所有する立木の所在は、その一部が空港敷地内であり、その余は少なくとも制限区域内にあること、また、原告番号一〇六番ないし一一六番の原告らの所有する立木の所在は、いずれも空港敷地内であることが認められる。
右認定事実からすれば、原告番号六三番ないし一一六番の原告らは、本件許可処分により、その所有する立木に対する権利行使が制約されることとなる者として、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益を有するものと認められる。
5 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件の原告ら全員について原告適格を肯定することができる。
二 争点2について
1 航空法は、被告及び新東京国際空港公団以外の者が、飛行場を設置しようとするときには、被告の許可を受けなければならないと規定し(同法三八条一項)、右飛行場の設置許可申請に対して被告が審査しなければならない適合要件を明記しているが(同法三九条一項各号)、右要件のうち、五号要件は、「申請者が、その敷地について所有権その他の使用の権原を有するか、又はこれを確実に取得することができると認められること」と規定している。しかして、飛行場敷地の権原取得の時期や方法については明確な定めがないが、申請者自身が飛行場の敷地所有権その他の使用権原を設置許可処分時までに現実に有している場合だけでなく、申請者が将来これを確実に取得することができると認められる場合であっても、右要件を満たすことはその文言から明らかであり、また、いかなる場合に「確実に取得することができる」と認められるかについては、予め画一的な基準をもって被告が判定することは困難であり、その認定につき被告に裁量権が認められるというべきである(なお、「飛行場の敷地」の範囲は、既に前記第二の二5(一)で述べたとおりである。)。
2 そこでまず、被告がどのような経過でいかなる事情を総合的に考慮して五号要件を満たすものと判断したかについて検討する。
(一) 空港用地取得の経緯について
証拠<略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 静岡県空港建設検討専門委員会は、発足当初空港建設候補地として静岡県内から陸上域で三七か所、海上域で四か所、既存の航空施設四か所(富士川滑空場、三保場外離発着場、静浜飛行場、浜松飛行場)の合計四五地区を選出し、そこからジェット機用空港としての空港用地確保の可能性等を考慮して一四地区を選定し、更に地域住民の家屋移転、農地転用の多寡等を検討して五地区に絞り、現地調査等を経て、昭和六二年九月八日には、<1>浅羽町の海岸部(浅羽案)、<2>掛川市の小笠山北部(掛川案)、<3>島田市と榛原町の行政境にある高尾山周辺部(榛原島田案)の三地区を候補地として検討を加え、隣接地の市議会で空港反対決議が採択された右<2>案は空港建設の実現可能性が低いとして除外した上で、同年一二月一四日に右<1>案及び<3>案を最終候補として静岡県知事に答申した。
右答申を受けて、静岡県知事は概算工事費では割高であるものの、空港への県民のアクセス条件、ILS(計器着陸装置)進入方式の利用条件等の点で優位であることや、地元経済団体等の活発な誘致活動や地元議会の空港誘致決議等の存在も考慮に入れて、同月一六日、最終的に空港建設予定地として<3>案を採用した。
(2) 静岡県は、昭和六二年一二月に空港建設予定地を榛原(島田)地区に決定したことを受けて、島田市議会、榛原町議会、金谷町議会及び関係町内会役員に建設予定地選定の経緯について説明するとともに、空港建設に向けての地元の理解と協力を得るために、昭和六三年ころから、空港の必要性、候補地選定経緯、スケジュール、農業対策等に関する地元説明会、住民参加の他空港視察などを多数回に渡り精力的に実施した。これを受けて、空港建設予定地の地元である島田市、榛原町及び金谷町においては、地権者会や地元住民代表等による空港対策協議会が設立され、吉田町にも空港対策協議会が設立されるなど、空港建設に向けた地元の協力体制が整い始めた。
平成六年度概算要求の中で本件空港の調査費が計上されたこと等から、静岡県は空港の事業化に向け前進したと評価して、平成五年八月から地元の議会や住民代表に対する説明会を開催するとともに、空港用地取得範囲(約五三〇ヘクタール)を確定した上、同年一〇月二〇日、右範囲に該当する地権者らに買収予定地である旨の文書を送付した。また、同年一一月九日の島田市初倉地区を皮切りに、対象となる地権者に対し用地補償の考え方や交渉の進め方等の基本事項について説明を行うとともに、地権者会の組織化と各地権者に対する測量等のための所有地立入りへの承諾の依頼を計画的に開始した。
静岡県は、本件申請を行うためには、できるだけ多くの地権者の同意が必要であるとして、平成六年四月一九日に榛原町で知事と地元代表者等との懇談会を開催したのをはじめ、各種地元説明会を開催し、平成六年度開催の説明会は延べ一九九回を数えるに至った。右地元説明会は、用地補償に伴う「土地価格水準」等の補償概要、代替地対策の基本方針、代替地についての意向調査等を内容としていた。
(3) 被告に提出する飛行場設置許可申請書には空港用地確実取得の証明書類(航空法施行規則七六条二項二号の二)の添付が必要であることから、静岡県は敷地内の各地権者から同意書を取得することでこれに当てることとし、まずは地権者会の了解を得た上で、県職員が各地権者宅を個別訪問して同意書に署名押印してもらう方針を立てた。そして、平成七年四月一七日までに全ての地権者会との間で同意書取得の協議に係る覚書を締結し終えたのを受けて、翌一八日から個別訪問による同意書の取得作業を開始し、併せて地権者の理解を求めるため、同年八月一二日には、「地権者の皆様と知事との懇談会」を島田市内等三か所で開催し、これには地権者延べ二二四名が参加した。
これらの経緯を経て、平成七年一二月一九日に本件申請がなされた。
(二) 本件空港建設反対運動について
証拠<略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 平成六年二月に空港に反対する地元住民の会として「『空港ノー』・吉田町民の会」(会長・原告島野房巳(原告番号四三番))が結成され、本件空港建設に対して住民不在の空港用地選定であり、空港建設の一時凍結を求める等の主張を展開した。
(2) 平成七年九月には、共有地運動が始まり、同年一二月末までに榛原町内の三名の原告地権者ら(原告番号一番、二番及び四番)が、各自所有する土地合計五筆(三七一九平方メートル、いずれも山林)を空港建設反対の趣旨に賛同する六三名に対し共有持分五〇分の一から三〇分の一を譲渡した。また、平成七年一一月ころから立木トラスト運動も行われ、立木所有者となる者は、自然環境保護・空港建設阻止を主な目的とする「オオタカトラストの会」に参加し、本件申請時までに千数百名となった。
(3) 平成八年六月には、「空港はいらない静岡県民の会」が正式に発足し、静岡市内で集会を開催するなどした。
(三) 本件申請から静岡県知事による確約書提出に至る経緯について
証拠<略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 空港用地取得の進捗状況が芳しくないために静岡県は予定した空港設置許可申請時期の先延ばしを数度にわたって行ったこと、昭和六二年一二月に空港建設予定地が決定されてから平成七年一二月の本件申請時点に至るまでに八年余りの歳月が経過したこと、静岡県が飛行場設置許可申請書(<証拠略>)に記載して運輸省に申請した空港建設工事の着手を平成八年三月二〇日(予定期日)とする空港建設のスケジュールより実際の進行状況がかなり遅れていたこと、用地提供に同意した地権者らは既に空港建設を前提とした生活設計に取り組み始めており、静岡県としては多数の同意地権者らに先の見えない状況が続くことによる不安や動揺が広まることを危惧したこと、そして空港周辺の市長、町長、地権者会等は早期設置許可を要望し静岡県の空港建設推進方針を後押ししていたこと。
(2) また、本件申請がなされる以前から静岡県と運輸省(飛行場の設置及び管理に関する事務をつかさどる所管課は、運輸省航空局飛行場部管理課である。)との間では、設置許可申請に向けたすり合わせ作業が、面談(静岡県知事と運輸省航空局長の面談も含む。)や電話連絡という形で何度も実施されていたこと、右すり合わせ作業の中では未同意地権者の存在についても検討がなされたこと、運輸省は任意取得が望ましいとの立場であったこと、静岡県の空港用地取得状況や、平成八年三月に島田市内で実施した公聴会で空港建設に反対の趣旨の意見を述べる者が二〇数名いたことなどから、運輸省としては、空港敷地内の地権者の中にはかなり強い意思をもって用地提供に同意しない者がいることは確認していたこと、空港設置に反対する地権者が存在する状況の中で空港設置許可申請をする場合に、過去の庄内空港(山形県酒田市)のケース等では申請者が土地取得の確約書を提出した事実が存在すること、少なくとも平成八年に入ってからは本件許可処分に向けて、その種の確約書の提出もありうるとの認識を運輸省及び静岡県双方とも持ちつつ作業を進めたこと、そして双方とも設置許可に向けての最終段階では口頭での約束だけでなくその種の確約書の存在が設置許可見通し判断の一つの材料になるものと認識していたこと、その共通認識のもとで、同年七月二二日、静岡県知事は運輸省航空局長宛の確約書(<証拠略>)を提出したこと、右の確約書には、未同意地権者も全員がかたくなな態度を取り続けているのではなく、本件許可処分が得られることにより話し合いの進展が期待されるものであり、また、空港建設に向け静岡県、地元市町及び地域が一体となって取り組むことにより、同意取得が可能となるものと確信しており、県の責任において最終的には全ての用地を取得していくことを確約する旨の記載があること。
(四) 空港敷地の取得状況と同意率について
(1) 証拠<略>によれば、本件申請時点における空港敷地の用地取得同意率は、空港敷地内の地権者二八四名のうち二七三名から同意を得たことにより(未同意地権者は七世帯一一名)、地権者数で九六・一パーセント、世帯数で九六・七パーセント、面積で九七・二パーセントであったこと、この数字は本件空港に反対する本来の地権者の所有地を共有する共有地権者(申請時点で五三名)を除外して算定したものであるが、かかる算定方法は過去の他の空港設置許可事例を参考にして、運輸省に報告の上で採用したものであること、本件申請後、新たに右未同意地権者中の一名から同意を得られたことにより結局地権者二七四名から同意を得たこととなって、本件許可処分時の同意率は地権者数で九六・五パーセント、世帯数で九七・二パーセント、面積で九七・三パーセントとなったことが認められる。
(2) また、証拠<略>によれば、本件空港全体の事業予定地約五三〇ヘクタールのうち、国や県といった公共用地等を除いて計算した買収が必要とされる民有地の面積は四九六・一ヘクタールであるところ、民有地に限定した場合の空港敷地の用地取得率についてみると、本件許可処分時点から約三年半経過した平成一二年一月三一日現在での取得面積は四〇二・五ヘクタール、右時点における事業用地全体における用地取得率は八一・一パーセントであることが認められるから、本件許可処分時における民有地に限定した用地取得率は右割合以下に留まっていたことが認められる。
(3) なお、証拠<略>によれば、「申請者が、飛行場の敷地について所有権その他の使用の権原を有するか又はこれを確実に取得することができることを証明する書類」(航空法施行規則七六条二項二号の二)として飛行場設置許可申請書に添付された書類である「土地調書及び用地買収同意書(別添-7)」において、空港敷地内の土地所有者二八一名(ただし、静岡県、島田市、建設省等の公共用地所有管理主体七名も含む。)のうち「売渡し承諾の有無」につき「有」と記載された者は二六六名、「無」と記載された者は一五名であったことが認められ、所有者の氏名が判明しないのでその重複の有無等は不明であるが、この添付資料の数字を前提としても、地権者数にして少なくとも九四・六パーセントの地権者からの同意が得られていたことが認められる。
(五) 被告の五号要件の審査について
証拠<略>によれば、被告は、地権者数の九六・一パーセント、面積の九七・二パーセントを占める地権者が本件申請時において既に用地提供に同意していること、本件許可処分直前の時点でも依然同意を得られない地権者らが存在するものの、右不同意地権者らに対しては精力的に折衝を続け、その同意を得ていくことにより責任をもって用地取得に当たることを、県民から公に選ばれた静岡県知事が対外的に書面で確約したこと等の諸事情を総合考慮し、静岡県において全力で任意買収交渉に当たり任意買収によって敷地を確実に取得することができる見込みがあるものと認め、また、仮に任意買収が不可能であっても、本件空港の設置事業は土地収用法三条一二号に該当する事業であり、同法の適用も可能であると認めたことなどから、本件申請が五号要件を満たすと判断したことが認められる。
3 土地収用法の適用による空港敷地の権原取得について
(一) 原告らは、土地収用法の存在を前提として航空法が制定された以上、五号要件は土地収用法の手続によらず、任意買収で確実に取得することができる場合にのみ充足されるものであると主張する。
しかし、土地収用法三条一二号は「航空法による飛行場」で「公共の用に供するもの」(以下「公共用飛行場」という。)を適用対象事業として明示していること、前記前提となる事実(第二の二3(一))のとおり、本件空港は公共用飛行場である第三種空港に指定されていること、航空法は飛行場内の矩形部分である着陸帯(同法二条五項)の短辺及び長辺に囲まれた内部の土地部分について、空港開設に絶対不可欠であるにもかかわらず、右土地部分に対する利用制限・買収などについて規定しておらず、かえって右土地部分の周辺部分についての利用制限・買収規定等を規定していることから(同法二条七項、九項、四九条、五〇条参照)、右土地部分の強制取得については強制取得の一般法に委ねているものと解釈できることなどからすれば、飛行場の敷地取得のために土地収用法を適用することは可能というべきであり、原告らの右主張は採用することができない。
(二) 次に、原告らは、運輸省が成田空港問題の解決に向けて表明した土地収用法の発動は求めないとの国の政策転換は航空行政一般の転換を意味し、本件空港においても土地収用法の適用の余地は無くなっている旨主張する。
確かに、証拠<略>によれば、いわゆる成田空港問題に関して、平成三年五月村岡運輸大臣が、地域振興連絡協議会に対しいかなる状況のもとにおいても強制的手段をとらないことを確約する旨文書で回答したこと、平成五年六月、公団が土地収用裁決申請を全て取り下げ、運輸省航空局が「基本的な考え方」(<証拠略>)をまとめ、平成六年二月に開催された成田空港問題円卓会議に提出したこと、右「基本的な考え方」は、地域との大きな軋轢を生じさせてしまった成田空港の建設等を踏まえて、今後の空港づくりについて、空港と地域との共生を念頭においた新しい空港づくりのあり方を検討したものであること、同年一〇月に開催された円卓会議において並行滑走路のための用地取得につきあらゆる意味での強制的手段が用いられてはならず、あくまで話合いによる解決をすることに運輸省を含め右会議参加者全員が賛成したこと、「基本的な考え方」以後の航空行政については、従前地域に対する配慮や説明不足があったことの反省の上に立ち、空港と地域とが共生できる空港建設のあり方をめざして、話合いや基盤整備等を通じて地域社会との相互理解・相互信頼の基盤を構築し、適切な対応ができることを目指しているが、こうした方針は基本的には全ての空港づくりに生かしていくものであるが、特に国際空港として国が主体的に設置していく大規模空港の建設の場合を念頭においていること、具体的に航空法に基づく空港設置の手続きにおいては、公聴会において反対意見を含め幅広く意見を聴けるよう適切な運用について十分配慮し、そこで示された意見等に対しても適切に対処していくこととされたことが認められる。
しかし、運輸省の右政策方針が、独立した行政主体である静岡県を拘束するものでなく、したがって、静岡県が独自の立場から空港敷地取得のために、土地収用法の適用を考慮することができなくなった訳ではない。
また、「基本的な考え方」は、今後、国が空港設置事業を進めるにあたって、あらゆる空港について、いかなる事情、状況下においても土地収用法に基づく収用等を行わないとの趣旨までを含むものでないというべきである。
更に、証拠(<略>)によれば、国が設置管理する第二種空港である広島空港の滑走路延長事業に伴う進入灯工事等に関して、被告は平成一一年四月一日付で土地収用の裁決を申請し、広島県収用委員会において収用裁決に至った例もあることが認められる。
以上によれば、あらゆる公共用飛行場の建設において、土地収用法の適用による土地収用が一切できなくなったとまでは認め難いというべきである。この点に関する原告らの主張は採用することができない。
(三) また、原告らは、本件空港の設置事業については土地収用法二〇条各号の事業認定を受ける要件を欠いていると主張する。
しかして、土地収用裁決の申請にまで至るかどうかは、本件許可処分時に判明することではなく将来の予測事項に過ぎない上に、事業認定庁(本件の場合建設大臣)と本件許可処分を行う被告とは別の行政庁であるから、被告は、土地収用法二〇条各号の事業認定を受ける要件の該当性そのものを判断するものではなく、五号要件を充足するかを判断するために必要な限度で、事業認定を受ける要件の該当可能性を判断すれば足りるものと解するのが相当である。
そこで、五号要件の充足判断に必要な限度で検討する。
まず、土地収用法二〇条二号に規定された「起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること」については、事業認定を申請する場合の起業者に該当する静岡県は地方公共団体であり、事業を遂行する法的、経済的、実際的(企業的)能力を有すると判断できること(<証拠略>)、静岡県が第三種空港の設置管理を行うことについては、静岡県及び関係五市町の協議が各議会の議決を経て成立していること(<証拠略>)、その他空港工事費用の国費一部負担補助規定の存在(空港整備法九条)等に照らすと、その要件を充足しないとはいえない。
次に、土地収用法二〇条三号に規定された「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」については、当該土地が当該事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、その土地が事業の用に供されることによって失われる公共的又は私的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越すると認められる場合に存在すると解すべきであり(東京高裁昭和四八年七月一三日判決・行集二四巻六・七号五三三頁参照)、その判断には性質上事業認定庁の政策的、専門技術的判断が伴うものであるところ、前記認定の本件許可処分に至る事実経過等に照らせば、その要件を充足しないとはいえない。
更に、土地収用法二〇条四号に規定された「土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること」についても、その認定はやはり事業認定庁の政策的、専門技術的判断に委ねられるものであるところ、前記認定の本件許可処分に至る事実経過等に照らせば、その要件を充足しないとはいえない。
(四) 以上によれば、本件空港の設置事業については、土地収用法二〇条各号の事業認定を受ける要件を充足しないとはいえない。
4 任意買収による空港敷地の権原取得について
(一) 原告らは、五号要件の充足のためには事実上一〇〇パーセントの地権者の同意が必要であり、被告はあくまでも任意買収により敷地を確実に取得することができるか否かを判断することを表明していた旨主張する。
証拠<略>によれば、静岡県は、当初の空港整備計画において、地権者の大方の同意を得れば、同意書や環境影響評価書等必要な書類を添付し、設置の許可を申請する旨表明していたが(<証拠略>)、その後設置許可申請には空港敷地について限りなく一〇〇パーセントに近い地権者の同意が必要である旨を繰り返し表明していたこと、平成六年一〇月原告島野房巳が運輸省航空局飛行場部計画課長(当時)坂井利充(以下「坂井課長」という。)と面談した際に、坂井課長は「限りなく一〇〇パーセントに近い同意」とは、場合によっては必ずしも一〇〇パーセントに達していなくともよいのであり、一〇〇パーセントに達していなくとも申請を受け付ける場合の例示として、<1>海面埋め立てが主で陸上の地権者が元来少数である空港で右地権者らが条件闘争に転じて交渉のテーブルについている場合、<2>事実上の同意を得ているものの、相続手続未了のため未だ正式の地権者といえないために形式上は未同意地権者とせざるを得ない者が少数存在する場合、<3>同意を得たくとも居所不明で同意の取り付けようがない未同意地権者が一人、二人存在する場合を挙げたが、そのほかの事情も総合的に考慮する旨を述べたことが認められる。
右認定事実及び前記第三の二2(一)ないし(四)で認定した各事実によれば、静岡県が本件空港の設置許可申請に向けて地権者全員からの同意取得をめざしたこと、運輸省も本件申請の五号要件の充足の判断にあたっては空港敷地に該当する土地を限りなく一〇〇パーセントに近く任意取得することが原則であるとしてその旨静岡県に働きかけていたことを推認することができる。
(二) もとより、空港敷地の権原取得については限りなく一〇〇パーセントに近い任意買収が望ましいけれども、人には様々な考え方、意見、立場、状況、思惑等があり得るから、地権者の同意が設置許可申請時において一〇〇パーセントとなることは実際上極めて困難である。航空法も、飛行場の区域、制限表面の投影面内の区域に土地建物を所有する者は利害関係人として設置許可申請後に開催される公聴会において意見陳述の機会を与えられていること(法三九条二項、同法施行規則八〇条二号)に照らすと、公聴会開催の段階でも空港敷地内に現実に土地建物を所有し、かつ、未だその任意売却に同意していない者があり得るものとされており、申請者が右土地建物の全所有者から設置許可申請時までにその所有権を全て取得していなければならないことを予定していないものと解される。したがって、本件許可申請時において地権者の同意が九六パーセント位であるからといってその数値だけで五号要件を充足しないということはできない。
5 五号要件についての被告の判断の適否について
そこで、被告が本件で五号要件を満たすと判断したことの適否につき検討する。
(一) 原告らは、制限表面の上に出る範囲の土地部分も空港敷地と一体として買収できなければ空港建設を終局的には遂行できないとして、右部分の取得ないし除去も五号要件充足判断の重要な考慮事情である旨主張する。
なるほど、被告が右の点について考慮して五号要件充足の判断をしていないことは原告ら指摘のとおりである。しかしながら、五号要件を審査するに当たり、確実に取得することができるか否かを判断すべき土地は法文上飛行場の敷地についてであるから、原告らの右主張は理由がなく、したがって、被告が原告ら主張の土地部分の取得ないし除去を考慮しなかったことに違法はない。
(二) ところで、前記第三の二1のとおり、五号要件、すなわち空港敷地の権原取得の確実性についての判断は被告の裁量によるところ、被告としては、設置許可申請時までに得られた任意取得の同意割合、任意取得地の面積、任意取得反対者の数、その意思の強固さの程度、反対理由とその合理性、これに対する世論の反応、当該空港の必要性の程度、地元の熱意と協力体制、任意取得に対する申請者の決意の程度、申請者の一連の対応と具体的対策、財政資金状況、過去の同種参考事例等諸般の事情を総合的に比較衡量して、将来における任意取得及び土地収用による取得の可能性を予測・推認し、これらによって空港敷地の権原取得が確実に実現できるという見込みを判断するほかないものと解される。それゆえ、右の比較衡量は高度に裁量性を有するものといわざるを得ない。したがって、被告の五号要件の判断がその裁量を明らかに逸脱濫用したと認められる場合には違法となるが、その程度に達しない場合には、当不当の問題が残るのは格別、違法とまではいえないと解するのが相当である。
(三) 静岡県知事の前記確約書が被告に提出された四日後に本件許可処分がなされており、その時間的近接と前記すり合わせの経緯からすると、右確約書は本件許可処分に当たり相当程度斟酌されたものと推認すべきところ、被告は、右確約書記載の事実(前記第三の二2(三)(2))、すなわち<1>未同意地権者は全員がかたくなな態度を取り続けているのではないこと、<2>本件許可処分が得られることにより話合いの進展が期待されること、<3>静岡県と関係市町・地域が一体となって本件空港の建設に取り組むことにより任意取得が可能となると確信していること、<4>静岡県の責任で空港敷地を取得することを確約したことを認識し、これを信じた(疑心を含む。以下同じ)うえ検討したものと認められる。
まず、右<1>については原告島野房巳の供述(<証拠略>)からも、認められる。
次に、原告らは、右<2>につき、既成事実によるなし崩しを狙ったものと非難しているところ、右<1>を前提にすると、本件許可処分がなされ、実際上現実的に大規模事業が進むにつれて既成事実化し、徐々に当該事業に協力しよう若しくは協力せざるを得ない社会の大きな流れが醸成され、そのため、任意取得に対するかたくなな態度でなかった者は勿論、かたくなな態度であった者もこれを軟化させ、その結果、任意取得についての話合いが進展する場合は十分考えられることであり、被告がそう信じて右の点を斟酌したことは首肯できないではない。
もっとも、本件許可処分後における任意取得の進捗状況をみると、本件許可処分によってその後の任意取得の話合いが大きく進展したとまではいい難い。しかし、前記確約書の時点でかたくなな態度を取っていた地権者の中にもそれ以降において任意買収に応じた者がいること(<証拠略>)に照らすと、右<2>の波及効果は肯定されて然るべきであり、本件許可処分後の右話合い進展の度合いは被告の本件許可処分時の判断を左右するものではない。
次に、右<3>のうち、静岡県が前記確約書提出以前において関係市町・地域と一体となって本件空港の建設に取り組み、また、右提出以後においても、これに取り組んでいることは前記のとおりである。
問題は右の一連の取り組みによって任意取得が可能となると確信している点である。なるほど、任意取得に対する反対者はその理由ごとに大体三ないし四のグループに分かれ(<証拠略>)、そのうち買収価格の低さを反対理由とするグループに対しては、静岡県は、厳しい財政事情の中で山林一平方メートル当たり二五〇〇円のところを三三〇〇円に上げて交渉に当たっており(<証拠略>)、任意取得が可能と確信したことに納得し得るものの、未同意地権者中、少なくとも本訴において原告となっている地権者らは、任意買収について強い反対意思を表明し、かたくなな態度を取り続けている訳であり、しかも本件許可処分後のことであるが、原告らのリーダー的存在の一人である原告島野房巳は平成九年七月の静岡県知事選挙に立候補し(県下全域での総得票数はともかく)次点となった者である(<証拠略>)から、静岡県知事のこの点に関する確信は結果的にはやや楽観的な見通しに過ぎたきらいがあるといわざるを得ない。そして、被告もまた、前記すりあわせ作業等を通じ、本件許可処分時において、静岡県知事の右のやや楽観的な見通しを一応認識すべき状況にあったものと推認せざるを得ない。
しかし、被告が右<4>を信じ、これを斟酌したことについては、当時の地元の熱意と協力体制等に照らし、県知事という立場にある者の書面による確約である以上、より慎重な吟味のうえこれを重要視すべきではなかったとは一概にはいえないのであって、任意取得に対する申請者の決意の程度(書面の確約)を評価した被告の裁量判断を直ちに誤りということはできない。
(四) 本件空港不要論者の主たる反対理由は、当裁判所に顕著な事実によれば、本件空港建設に投入される莫大な県予算に伴う県財政の悪化と県民の経済的負担の増加の懸念、これに見合わない開港後の利用予測など県民の観点からみた財政経済面における必要性の欠如にある(原告島野房巳は<証拠略>で「無用の長物」と評している。)ところ、本件空港の設置及び維持継続の必要性については本件許可処分時はもとより現在においても賛否両論があり、ことは将来の事柄であるから、誰も適確に予想することができない(もっとも、本件空港の必要性は離島の空港に比すれば低いものの、他の第三種空港とはたやすく比較することができない。)。したがって、特段の事情の認められない限り、本件空港の必要性についてはこれを認めた県知事、ひいてはその知事を選択したことになる選挙民たる県民の最終判断を尊重すべきであろう。
(五) 原告らは、被告が任意買収につき強固かつ明確な反対意思を表明している地権者が少なくないことを無視したまま五号要件を充足すると判断した点、山形県庄内空港等他の空港の設置許可処分についての行政実例を挙げて本件許可処分が五号要件の充足を恣意的判断によって認定したものである点、被告が土地収用法につきその適用を考慮した点等について、裁量権を逸脱濫用したもので違法である旨主張する。
しかして、土地収用法は航空法による公共用飛行場を適用対象事業の一つにあげており(土地収用法三条一二号)、最終的に土地の強制取得の手段を選択することを航空法が禁止しているとはいえないのであるから、被告が五号要件を判断する際に土地収用法適用の可能性を考慮すべき一事情としたことに違法はないというべきである。
そして、被告が五号要件を充足すると判断したことについては、一〇〇パーセントに近い地権者の同意が得られていなかった点、任意取得の確実性に対するやや楽観的な見通しを一応認識すべき状況にあった点、他の同種参考事例に重きを置かなかったのではないかと考えられる点等に問題が全くない訳ではない(原告らは「見切り発車」と非難している。)が、土地収用法適用の可能性のほか、以上認定の事実関係、とりわけ、任意取得の同意割合、任意取得地の面積、反対理由に対する世論の反応、地元の熱意と協力体制、静岡県知事の確約書による任意取得に対する決意の強固さ等諸般の事情を総合すると、その判断が明らかに裁量を逸脱濫用したものと認めることはできず、したがって、それを違法と断ずることはできない。
(六) なお、原告らは、いわゆるバブル期以降の大規模公共工事のあり方等を主張して被告の五号要件充足の判断の違法をいうが、右主張は、大規模公共工事のあり方等について専ら政策的な当否について抽象的に論じるものであり、被告の五号要件充足の判断についての裁量権の逸脱濫用を具体的に基礎づける事実を論じるものではないから、失当といわざるを得ない。
三 争点3について
1 原告らが五号要件及び二号要件を本件訴訟の主要な争点として主張立証活動を進めたことは記録上明らかであるが、本件許可処分について一号要件が充足されているか否かを全く問題にしていなかったとはいえないのであり、一号要件は争点とはされていないとの被告の主張は採用することができない。もっとも、原告らが一号要件で問題としているのは主に航空法施行規則七九条一項一号の基準と解される。また、本件許可処分によって周辺住民や周辺土地所有者等は、土地や物件の所有権について、航空法四九条一項の公用制限を課される関係にあるから、右要件は、原告らの法律上の利益に関わるものというべきであり、一号要件違反は本件許可処分の取消を求める理由とはなりえないとする被告による行政事件訴訟法一〇条一項についての主張も採用することができない。
2 航空法三九条一項一号は、申請に係る飛行場の位置、構造等の設置の計画が運輸省令で定める基準に適合するものであることを設置許可の要件としており、右一号要件の具体的基準を規定した航空法施行規則七九条一項各号のうち、本件空港に関係する陸上飛行場に係る要件は、一号ないし五号、五号の二及び九号であるが、そのうち一号の基準(以下「一号基準」という。)は、「飛行場の周辺にある建造物、植物その他の物件であって、運輸大臣が航空機の離陸又は着陸に支障があると認めるものがないこと。ただし、当該飛行場の工事完成の予定期日までに、当該物件を確実に除去できると認められる場合は、この限りではない。」と規定され、飛行場の周辺の一定の空間について航空機の離発着に支障がないように障害物のない状態が確保されることを要求している。
そして、「飛行場の周辺」として一号基準の審査対象に含める必要がある空間の範囲については、被告に提出する飛行場設置許可申請書の記載事項として「予定する飛行場の進入表面、転移表面若しくは水平表面の上に出る高さの物件又はこれらの表面に著しく近接した物件」に関する事項があげられていること(航空法施行規則七六条一項一三号イないしヘ)、公共用飛行場の設置許可処分後になされる告示(法四〇条)によって、制限表面の上に出る高さの「建造物、植物その他の物件」の設置、植栽、留置が禁止され(法四九条一項、ただし仮設物等につき一定の例外あり(同条一項但書、同法施行規則九二条の二))、これに違反した当該物件の所有者その他権原を有する者に対し、飛行場設置者による除去請求が認められ(法四九条二項)、罰則規定も設けられていること(法一五〇条二号、一五九条)などからすれば、右告示によって示される進入表面、転移表面及び水平表面(法四〇条)によって画される範囲が「飛行場の周辺」の基準となる。
そこで、一号基準を充足するには、制限表面の上に出る高さの物件が存在しないこと、仮に存在するとした場合には飛行場の工事完成予定期日までに(設置許可処分時までにではない。)確実に除去できると認められることが必要である。
その場合、航空法は、公共用飛行場の設置者に対し、告示時点で現にこれら制限表面の上に出ている物件を除去する手段として、その所有者その他権原を有する者に対する通常生ずべき損失を補償した上での制限表面の上に出る部分の除去請求権を認める一方(法四九条三項)、当該物件又はこれが存する土地の所有者には、物件の除去により当該物件又は土地を従来利用していた目的に供することが著しく困難になるときに当該物件又は土地の買収請求権を認める(同条四項)など、工事完成予定期日までの除去実現に向けて、除去対象とされる物件の所有者等の個人的利益との調整規定を定めている。
3 証拠(<略>)によれば、「予定する飛行場の進入表面、転移表面若しくは水平表面の上に出る高さの物件又はこれらの表面に著しく近接した物件」(航空法施行規則七六条一項一三号)に関する事項として、静岡県が飛行場設置許可申請書に記載した内容から、制限表面に関する物件として、ファン、電柱、家屋、樹木、地形等が存在したこと、右物件(全体で三一五件)のうち、ファンや障害灯の除去に問題はなく、電柱についても確実に除去し得ると認められたこと、また、<1>除去予定の樹木が一四〇件(西側進入表面内に八四件、南側水平表面内に三八件、北側水平表面内に三件、北側転移表面内に九件、南側転移表面内に六件)、<2>用地造成のための土取場として利用予定の地形が一一件(西側進入表面内に五件、南側水平表面内に三件、南側転移表面内に三件)、<3>切土後に盛土材として利用予定の地形が三件(いずれも北側転移表面内)存在していたこと(なお、右地形部分の所在位置の概略が別紙第三図の「障害切土」と記載された部分である。)が認められる。
そして、証拠(<略>)によれば、本件空港の建設予定地には、東側から西側に向かって標高が高くなっている地形上の特質等から、空港敷地の西側に隣接した進入区域付近を中心として制限表面の上に出る物件(以下これらの物件を「障害切土部分」という。)が見られること、これらの物件の存在する土地について静岡県は原則的に任意取得の方針であり、その所有者らとの話し合いを進めたこと、一方運輸省は、制限表面の上に出る物件の存在する地区について、土地を任意取得して伐採又は切土をすることで対処するという静岡県の方針を踏まえて、静岡県との間で、設置許可に向けたすり合わせ作業を進めたこと、運輸省は、仮に静岡県が右の土地を任意取得できなくとも、本件許可処分の告示後に設置者である静岡県が法四九条三項により、右の土地の所有者らに対し、除去を請求することもできると考えたこと、また、運輸省は、高層ビルが林立する場合や歴史的な建造物がある場合のように除去するとなると非常に大きい社会経済的費用がかかるため社会通念上同項によっては到底除去を請求することができないと考えられる特殊な事情は存在しないと考えたこと、更に運輸省は、本件空港の設置が土地収用法の適用対象事業であることから、土地収用法の適用によって、土石砂れきを収用することも可能であると考えたことが認められる。
4 右認定にかかる制限表面の上に出る各種物件の種類、件数及び所在位置並びに障害切土部分の任意取得等の見通し、法四九条三項等の法的手段の存在等にかんがみれば、本件申請につき一号基準を充足するとした被告の判断に何ら違法はない。
5(一) これに対し、原告らは、障害切土部分には強固な反対意思を有する原告大井寿生(原告番号三五番)所有の土地が相当部分の面積を占めているほか、障害切土部分の除去に航空法四九条三項の適用が許されるか疑問であること等から、障害切土部分を工事完成予定期日までに除去できるとは認められず、一号基準を満たしていないと主張する。
(二) しかしながら、航空法四九条が、公共用飛行場の公共性にかんがみ、航空機の離着陸に必要とされる障害のない空間を確保する目的で、飛行場に設定された制限表面を基準として、その上に出る高さの物件の排除を可能ならしめる規定であることに照らすと、同条一、二項は制限表面の上に出る高さの盛土を禁じるとともに、同条三項は制限表面の上に出る高さの地形(土石砂れき等)の除去請求権をも認める趣旨であると解すべきである。なお、同条四項において「物件」の外に「土地」を特に区別して規定するのは、「物件」にとどまらずにその存する土地全体の買収もあり得ることを示して財産権保護に一層の配慮をしたものと解される。
また、航空法は、制限表面の上に出る物件等の「除去に係る工事の着手及び完了の予定期日」を設置許可申請書の記載要件に掲げ(同法施行規則七六条一項一三号ヘ)、飛行場の設置者に対し、設置許可申請書に記載された工事完成予定期日までに工事を完成させることを要求しているが(法四一条一項)、空港設置事業が大規模な工事であることにかんがみると、やむを得ない事由により、予定された工事の進行に遅れが生じることも十分想定できるところ、航空法は、天災その他やむを得ない事由により工事完成予定期日までに工事を完成することができない場合には被告の許可を受けて、右期日を変更することもできる旨定めているのであるから(法四一条二項、三項、同法施行規則八二条、八二条の二、八二条の三)、およそ障害切土部分を工事完成予定期日までに除去できるとは認められないということはできない。
(三) 更に、本件空港設置事業に対して土地収用法の適用もあり得ることは前記第三の二3で判断したとおりであって、障害切土部分を含む土地につき、土地収用法の適用によって、土石砂れきを収用することも可能である。
6 以上によれば、被告が、本件申請につき一号基準を充足するとした判断に違法はなく、また、航空法施行規則七九条に規定された陸上飛行場に適用される一号基準以外の各基準に対する被告の審査についても、これを違法と認めるに足りる証拠はないから、本件許可処分については一号要件を満たさないとする原告らの主張は理由がない。
四 争点4について
1(一) 航空法三九条一項二号は、「当該飛行場又は航空保安施設の設置によって、他人の利益を著しく害することとならないものであること」と規定しているところ、「他人の利益」の内容について航空法は具体的な規定を置いておらず、「著しく害する」等の規範的かつ抽象的な文言が採用されていることなどからすれば、この二号要件の充足審査には、被告の裁量が認められるものと解される。
(二) 航空法は、公共用飛行場の場合には、許可後の告示・掲示の要否(法四〇条)、工事完成予定期日の変更の扱い(法四一条)、飛行場の供用の休廃止の際の扱い(法四四条、四五条)、制限表面に関する公用制限・除去請求規定等の適用の有無(法四九条、五〇条)等につき、非公共用飛行場の場合とは異なる取扱いを定めており、また、公共用飛行場の中においても、第一種空港及び政令で定める第二種空港については特例が規定されるなどしていること(法五六条の二ないし五六条の四、同法施行令五条)、更に、公共用飛行場については、工事費用の国庫負担・補助率等の特例の適用(空港整備法)、航空機騒音により生ずる障害の防止軽減措置等の要否(公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(昭和四二年法律第一一〇号)、特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法(昭和五三年法律第二六号))等の点につき特別の立法措置がとられていること等に照らすと、航空法は、同法三九条一項二号について、設置される飛行場の公共性の有無及びその程度とその設置によって侵害される他人の利益の侵害の程度・その侵害に対する補償措置等の内容を比較衡量して、「他人の利益を著しく害する」か否かを判断すべきものとしていると解される。
(三) また、「他人の利益を著しく害する」か否かを比較衡量して判断する以上、その「他人の利益」の利益内容には具体性が要求されるというべきであるから、ここで検討される「他人の利益」とは、飛行場の設置許可処分において保護対象として空港設置者以外の「他人」が具体的に享受する利益を意味する。このことは、航空法が二号要件について「他人の利益」とだけ規定し、「空港の附近の土地の所有者その他の利害関係を有する者の利益」(法五六条の三第一項)といった例示を伴う具体性特定性の高い侵害基準を採用しない一方で、「公衆の利便」(法四四条二項、五六条の五第一項)のような抽象的な基準をも採用しなかったことからもいえる。
なお、前記運輸省実施要領(<証拠略>)によれば、対象事業の免許等(許可を含む)を行う者は、免許等に際し、当該免許等に係る法律の規定に反しない限りにおいて、「対象事業の実施が環境に及ぼす影響の内容及び程度並びに公害の防止及び自然環境の保全のための措置」(運輸省実施要領第3の4の一<1>、第3の1の一<4>)等について、当該事業の実施において適正な配慮がなされるものかを審査し、その結果に配慮することが求められる(同第4の2の一)。右によれば、運輸省所管の一定の大規模事業の許可審査(本件申請を含む。前記第二の二1(八)参照)について、自然環境保全・公害防止の観点からの審査は、航空法等に反しない限度ではあるものの、右要綱に基づいて実施されるのであるから、二号要件審査の対象には含まれないことになる。
このことは、環境影響評価実施要綱に基づいて従来行政指導の形で進められてきた環境アセスメントをもとに法制化された環境影響評価法(平成九年法律第八一号)(本件許可処分後に施行)において、対象事業(同法二条四項、環境影響評価法施行令参照)に係る免許等を行う者は、当該免許等の審査に際し、対象事業に対する環境保全の適正な配慮がなされているかについても別に審査しなければならず(同法三三条一項)、前者の審査基準に該当しても、後者の審査に基づき当該免許等を拒否する処分を行い、又は当該免許等に必要な条件を付すことができる(同条二項一号)等規定され、当該事業免許等の審査とは別個に環境保全配慮に関する審査が規定されたことからも明らかである。
そうであれば、原告らが本件訴えで主張する内容の自然権・環境権として保護されるべき利益については、環境影響評価調査において配慮するか否かはさておくとしても、二号要件の「他人の利益」の利益内容に含まれているとはいえず、したがって、争点4に係る原告らの主張(二)(2)は理由がないといわざるを得ない。
(四) 以上により、設置される飛行場の公共性の程度と侵害される他人の利益(右(三)で述べた内容を前提とする。)の侵害の程度とを、被侵害利益に対する配慮内容等も含め総合的に比較衡量して、個人的利益の侵害がやむを得ず、その結果が他人の利益を著しく害するとまではいえないと判断される場合に、二号要件を充足するといえる。
2 そこで、本件空港の公共性の程度、本件空港設置によって侵害される原告らの主として財産権等の利益侵害の程度、その侵害に対する補償措置等の内容を比較衡量して、本件空港の設置が「他人の利益を著しく害することとならないものであること」と判断した被告の本件許可処分に裁量権の逸脱濫用があったか否かにつき検討する。
(一) まず、原告らは、本件空港の設置によって侵害される利益は、補償措置によっても代置できない生存権的土地所有権であると主張する。
しかしながら、憲法二九条三項は、私有財産は正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる旨を定めているところであり、代替地や補償金による補償措置を講じても、なお、公共性のある目的に用いることが許されないような性質の土地所有権がわが国の憲法上及び法律上存在するものとは解し難いから、原告らの右主張は採用することができない
(二) 次に、証拠(<略>)によれば、次の各事実が認められる。
(1) 静岡県の現状
静岡県の経済は概ね全国第一〇位程度の水準であり、規模として全国の三パーセント程度のシェアを占め、特に製造業は従業員数、製造品出荷額で全国第六位程度に位置するほか、農林水産業では茶をはじめ全国第一位の生産量を誇る産品も多い。更に、観光客入れ込み数は年間約一億三〇〇〇万人で全国第二位である。
しかし、静岡県は東京と名古屋の二大都市圏の中間に所在し、両都市圏間を移動する際に通過するに過ぎない県であるとの印象を払拭できないばかりか、従来東海道新幹線、東名高速道路が走り交通の優位性が高いとされてきたものの、近年全国各地に高速度交通網の整備が進み、空港ネットワークの展開が進む中で、その立地上の優位性も相対的に低下してきた。
また、静岡県は県全域が空港空白地域(空港まで九〇分以内でアクセス不可能な地域。昭和六二年運輸省資料)(<証拠略>)に入る一方で、県総人口三七〇万人に対し年間約一一三万人の国内航空利用客(平成三年度乗降客ベース)があると推定された。
(2) 空港整備の必要性
県域を超えた国内広域分業、国際分業への産業構造の転換、情報化社会の進展、自由時間の増大といった社会経済の急激な変化の中で、静岡県としては、以下に述べるように空港整備に取り組む必要性が強く認識された。
即ち、成長力の高い情報サービス産業や高度な研究機関は、全国規模・世界規模の移動の必要性があり、時間コストを考慮すれば立地条件として空港のない地域は決定的なハンディを負うところ、静岡県には、モノづくりの基盤、優良な労働力、豊かな水資源、アクセスの便利さなど、産業発展の前提として潜在的に必要な要素はほとんど揃っているから、空港が開設されればこうした産業関連企業・研究機関の誘致につながることが期待された。
また、空港設置により、新幹線や高速道路等の既存の交通網では従来十分にカバーできなかった北海道や九州地方等へのアクセスが容易になり、県民の利便性が向上し、産業振興にもつながることが予想された。
加えて、観光振興の面でも、静岡県は富士山をはじめ豊富な観光資源を有しており、空港開設により全国各地、海外と直結することで幅広い地域からの誘客が可能となると考えられた。
(3) 空港整備法上の位置づけ
本件空港は、地方的な航空運送を確保するために必要な飛行場であって、第一種空港及び第二種空港により形成される空港ネットワークの骨格を前程として、その間を適正に埋めるような形で地方公共団体が地域の高速交通需要を満たすために設置する第三種空港である(空港整備法二条一項三号)。また、本件空港は、新東京国際空港及び東京国際空港(いずれも第一種空港)を根幹とした首都圏の空港ネットワークの中で、静岡県内に留まらず、神奈川県西部や山梨県も含めた航空利用者の利便性の向上に寄与することで、首都圏空港の補完機能を果たす空港としての活用も視野に入れられている。
(4) 空港敷地及びその周辺の土地利用状況等
本件申請時の空港敷地部分の土地利用状況の内訳は、宅地〇・三一パーセント、畑二一・八七パーセント、山林七一・五〇パーセント等であり、宅地利用はほとんどなく、また、制限表面の投影面内の土地については、北側水平表面内に小規模な商業地区や数校の学校が存在し、南側水平表面内の坂口谷川沿いに小規模な工業団地や若干連続的な集落が展開しているほかは、人口・建物が密集した市街地は形成されておらず、若干の集落以外の地域は山林、茶園などとして利用されている(別紙第二図、別紙第三図)。
なお、制限表面の範囲外の土地利用を見ると、北側水平表面の投影面の外側付近には島田市の市街地が存在し、滑走路東側の前記ILS進入路の直下には大井川西岸沿いにかなりまとまった吉田町の集落が展開している。
また、空港造成に伴い移転等が必要な主な物件としては、テレビ放送塔(NHK、SBS等)、電波反射鏡(警察庁)、高圧送電線(中部電力)、福祉施設(社会福祉法人の寮)、道路(一般県道、市道、町道及び農道等)、溜池(養勝寺池)及び複数の人家が想定された。
(5) 用地補償について
静岡県は、「静岡県が施行する公共事業に伴う損失補償基準」に基づく補償を本件許可処分後に実施することを予定し、<1>空港敷地内の土地については、周辺地域の取引事例を参考にして適正価格で買い取り、借地権等の所有権以外の権利についても補償を用意する方針で、また、<2>建物や立木等の物件補償については、原則としてその物件の移転に要する費用及び移転に必要な経費と損失額の合計額を補償する方針で、これらの補償を対象者との契約によって実施し、その際には金銭補償を原則とし、例外として今後の生活生業に支障の生じる場合に代替地の確保等必要な対策を講じる予定であった。そして、静岡県は山林の買収価格として一平方メートル当たり二五〇〇円を提示したが、その後の情勢により三三〇〇円に引き上げている。
(6) 農業対策について
本件空港建設予定地周辺は、茶業を中心とした農業が基幹産業になっており、空港建設は、農家の生業や地域農業の維持発展に影響を及ぼすと考えられたことから、静岡県は、農業対策として<1>代替農地対策及び<2>地域農業振興対策を計画した。
まず、昭和六三年九月「地域農業改善の指針」づくりに着手し、空港が地域農業に与える影響、地域農業の改善方法等について検討を開始する一方、農地開発の適地及び開発課題を検討する「農地開発可能性調査」を実施した。その後、地元農業関係者からなる農業検討会を開催して意見聴取を行い、平成二年三月には「産業として自立できる合理化した農業の展開」を基本的な方針とし、機械化の可能な農地の整備、大型機械の導入の必要などを掲げた右指針を取りまとめた。
平成二年度には、地域農業改善対策を中心として地元農業組織との話合いを実施し、平成三年度及び同四年度には、農業対策(農地開発、施設園芸の導入、先進事例の視察)を中心とした地元説明会を合計一六五回実施した。その後も茶工場施設の改良や茶園管理機・防霜ファンの整備等に助成を実施している。
平成八年度からは農地を提供する農家のために代替農地の新規開発が始まり、小規模開発農地として赤坂南地区(一二ヘクタール)、大規模開発農地として毘尾地区(四四ヘクタール)及び切山地区(一工区・七九ヘクタール)が造成されている。また、既存農地の売渡し又は賃借を希望する農家に対しては、その要望をかなえるために静岡県が既存農地所有者との交渉に努めている。
(7) 異常出水・洪水の危険について
本件空港建設に伴い空港敷地部分等については整地工事が必要となり植物を除去することから、雨水の流出や土砂の侵食が増大し、降雨時の異常出水、濁水や土砂の流出が生じるおそれがある。また、本件空港の本体工事は、空港標点一三二メートルに空港用地造成を行うため、最も高いところで二一〇メートルのところを約八〇メートル切土し、最も低いところで五〇メートルのところを約八〇メートル盛土する、約二七〇〇万立方メートル(<証拠略>)の大規模な用地造成工事を伴うものである。こうした大規模な開発行為では、地形改変により雨水の流出が増加したり流下速度が速まり、一気に河川に流れ込む場合には下流河川の流下能力を超過する危険がある。
そこで、静岡県は、本件空港建設にあたって超過確率降雨量と既往最大雨量を算定し、より大きな数値となる既往最大雨量を建設される調整池の容量基準に採用した。右調整池の建設により、農業用水への水質への影響も、浮遊物質量について望ましいとされる一リットル当たり一〇〇ミリグラム以下の基準値になることが予測された。また、河川の流下能力確保のため河川改修計画に基づく改修工事を実施している。
(8) 公聴会の実施
静岡県は公聴会の開催日時、公述しようとする利害関係人の公述申込書及び公述書の主宰者(運輸省航空局飛行場部管理課長)宛て提出期限の公告を平成八年二月二三日付けの県広報に掲載し、同月二五日付け「空港だより」で紹介したほか、同年三月一日発行の「県民だより」でも記事とし、周知を計った上で、公聴会を同月二七日に実施した。
右公聴会においては、主宰者からの公聴会にかかわる事案の概要説明の後、申請者である静岡県として副知事の公述を先頭にして、総計六四名が各人五分程度で公述した。その内容は、空港に賛成の発言が三三名、条件付き賛成の発言が七名、反対する発言が二四名であった。
公聴会当日、空港建設に反対する運動グループのうち、「空港に反対する地権者・住民の会」、「オオタカトラストの会」らのメンバーは、県の設置許可申請そのものを認めないとして公聴会に参加せず、「『空港ノー』吉田町民の会」からは、原告島野房巳(原告番号四三番)らが空港反対の立場から公述した。
(9) その他
静岡県の実施した環境影響調査の結果によれば、本件空港周辺の予測される騒音・振動等はいずれもほぼ法定基準値を下回っていたところ、静岡県は、騒音振動対策として、空港建設工事中の建設機械の稼働、資材運搬車両の運行等に対し、工事車両の運行時間及び車両が一時に集中しないように工事工程を調整すること、空港開港後の航空機騒音に対しては、空港周辺に緩衝緑地帯を整備し、住宅等の防音工事等の助成を実施するほか、安全な運行の確保が図れる範囲内でとの限定付きではあるが急上昇方式などの騒音軽減運行方式の採用を要請すること等の対策を講じることとした。
(10) 被告の二号要件に係る審査
被告は、静岡県知事による本件申請に対し、空港敷地部分には山林や畑が多いところ、その大部分の所有者から、土地を静岡県に売り渡す旨の同意が得られており、制限表面による制約が及ぶ区域内には人口・建物が密集して土地が高度に利用されている市街地はなく、集落地域の建物もおおむね低層建築物であり、集落以外の地域は、山林、茶園等として利用されており、島田市で開催した公聴会においても、制限表面の設定によって建築物等の高さが制限されることについて特段異議を述べる者はなく、飛行場の建設による自らの具体的な私法上の利益侵害を訴える趣旨の発言もなかったことから、本件空港の設置によっては「他人の利益を著しく害することとならない」ものと判断した。
(三) 右認定の各事実、前記第二の二1に掲げた前提となる事実(本件空港の設置許可申請に至る経緯等)及び前記第三の二2(一)、(二)、(四)で認定した各事実(本件空港用地取得の経緯、本件空港建設反対運動、本件空港敷地取得状況及び同意率)に照らせば、本件空港設置によって侵害される土地、立木所有者等の財産的侵害、営農上の被害等の程度につき、本件空港を設置することによって得られる公共の利益と比較し、代償措置及び各種対策等をも考慮したうえで、本件空港の設置によっては「他人の利益を著しく害することとならない」と判断した被告の本件許可処分は裁量権を逸脱濫用したものということはできず、違法とはいえない。
3 これに対し、原告らは、原告らの利益侵害の内容として本件許可処分及びそれに引き続く造成工事等による営農上の被害、異常出水の被害、交通被害等について主張し、甲三九号証及び原告島野房巳の供述中には右主張に沿う部分があるが、右供述部分等を客観的に裏付ける証拠は存在せず、また、右主張にかかる被害内容と本件許可処分との間の因果関係を認めるに足りる証拠も存在せず、更に、証拠(<略>)から認定できる補償予定内容、空港建設関連工事内容、工事実施の際の取決め内容等からすれば、いずれも、前記二号要件に係る被告の裁量判断についての逸脱濫用を認めるに足りるものではない。
また、静岡県が空港建設事業を計画した時点で、地元住民らに生活生業対策、環境対策、農業振興対策等を具体的に提示できなかった経緯が存在したとしても(<証拠略>)、右判断に影響を及ぼすものではない。
なお、静岡県の実施した本件空港に関する環境影響評価に仮に不十分な点が存在したとしても(<証拠略>)、それをもって二号要件に係る被告の審査に影響を及ぼすものではない。
第四結論
以上のとおり、本件許可処分は適法であり、本件許可処分の取消しを求める原告らの請求はいずれも理由がない。
よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 笹村將文 絹川泰毅 関根規夫)
(別紙)当事者目録<略>
(別紙)第一土地目録<略>
(別紙)第二土地目録<略>